天球賛歌事件 その他の情報

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その他の情報

 シナリオにおけるその他の情報です。
 随時、探索者へ提示してください。

  1. 桜嶺女学院について
  2. 声楽部について
  3. 山県家について
  4. 馬場家について
  5. 再臨運動について
  6. 彗星に関する歴史的な資料
  7. 新聞記者の情報
  8. 名刺
  9. 紳士録
  10. ラジオ
  11. 天文台について
  12. 諸人こぞりて
  13. 狂犬病
  14. エーテル理論

桜嶺女学院について
 桜嶺女学院は神田区駿河台の辺りに存在します。周り大学も多く、またニコライ堂にも程近い場所です。現在の千代田区駿河台、御茶ノ水駅の近くです。
 桜嶺女学院は前身を桜嶺女子塾と言い、帝都にある華族の娘達の為の私塾でした。
 これが明治32年の高等女学校令を受け、2年の準備期間をおいて明治35年に5年制の桜嶺女学院となります。
 元々、私塾を開いた華族がカトリックに傾倒していた為、ミッション系の学校ではないものの、聖職者(平たく言うと尼さん)を招いてカトリックの教えを取り入れた女学校となっています。
 しかし、実際には単に授業や学校行事に多少のカトリックのイベントが入っているだけで、実質的にはあまり普通の女学校と変わりはありません。
(実質的な運用も教会等は関わっておらず、創設した華族の一族が運用しています。とは言え、カトリックの聖職者を招いた、というだけ当時としてはかなり変った印象を与えた女学校です。また、その為か、多くの変った経歴を持った教師が席を置いています)
 桜嶺女学院となることで、一般にも門戸を解放し庶民の(ただしそれなりに金持ちの)生徒が増えつつあります。

高等女学校令についてはこちらを参照 中野文庫高等女学校令

声楽部について
 声楽部、と名前はついていますが、早い話、音楽部です。
 創立当時はいわゆる聖歌隊的なイメージと役割があったのですが、桜嶺女学院の一般への門戸開放によりミッション系としての色が薄れる(もともとあまり濃くなかったのですが)と共に、聖歌隊的な役割は無くなっていきました。
 現在でも賛美歌等を歌うときのオルガン演奏担当者は声楽部から出していますし、何か音楽関係の行事がある場合にもやはり声楽部が中心となっています。
 ただ、平常時の活動はあまり積極的に行われておらず、特に放課後の活動に関しては好きな者が勝手に集まってなにかやっている、といったいい加減なものとなっています。
 現在の部長は『小幡とら』となっていますが、この部長はあまり熱心ではありません。

山県家について
 山県家はその名の通り、山県有朋に繋がる家系ですが、直系ではありません。
 とは言え、華族の名家であることには間違いなく、また政治的な影響力も計り知れないものがあります。
 こちらは特に調べる必要はなく、山県雅子については桜嶺女学院に通う生徒、あるいは関係者にも名家の令嬢として有名です。
 なお、女学生PCは自宅の位置等も特に調べる必要なく、知っていることになります。

馬場家について
 もしも、プレイヤーがちょっと気が利くか、あるいは疑り深い場合、馬場家について調べようとするでしょう。
 その場合は、紳士録、人物名鑑で簡単に調べられます。特に図書館等の技能によるロールは必要ありません。
 馬場家は元は信州の家柄で、それなりの名家です。元々はあまり大きな家ではなかったのですが、大戦景気に乗って事業を拡大し、 資産家として有名になっています。
 なお、一応住所等も調べることが可能です。
 馬場家は麹町区にあり、華族の家や、文人が多く棲む地域です。現在の千代田区麹町になります。

 家の内情については簡単に調べることはできません。近所住民が居るような場所に家は建っていないので、近所での聞き込み等はできず、やるならば家の使用人等に当たる他ありませんが、もしもその様なことをした場合は、単なる不審者として扱われます(《言いくるめ》等を行っても、不審者が多少格上げされるだけなので、基本的に無駄です)。

再臨運動について
 10年ほど前にアメリカで大きくなり、また大正4年(1914)に内村鑑三によって日本でも大きな運動になったのが、『再臨運動』です。
 アメリカではキリストの再来を謳い、再臨の日には世界が滅ぶなどと煽り立てたカルト的な活動が主でしたが、  日本では単純にキリストが再臨し、平和が来る、というものです(この内村鑑三は、日本にキリストが再臨するという啓示を受けたと言います)。
 大正8年(1918)〜翌年まで、米国でも1914年に再臨する、と言った説が出され、一時期隆盛を見ましたが、結局再臨がなかった為、下火になっていきます。

彗星に関する歴史的な資料
もしも、「彗星」、あるいはそれに類するキーワードで関連資料を図書館で探した場合、以下の資料が発見されます。
(キーパーは積極的にこれらの資料を探索者に示す必要はありませんが、示した方がシナリオにおけるグロスの意味を理解しやすいでしょう)。

 中世の学術論文:
 古い大冊の一ページには明るい色合いの挿し絵が添えられていて、その色彩はいまだに鮮やかだった。
 暗い球状の姿が、藍色に塗られた満天の星空を横切り疾走していた。大地を揺るがすがごとく飛んでいく物体の下では、何人かの蒼白い人影が地面に倒れ、死んでいるかのように横たわっている。
 同じような何人かの人影が球体の前方に、あたかも頭上を通り過ぎる物体を見つめるかのように立ちすくんでいる。
 中世のペストの大流行。
 その爆発的な広がりを見せる直前に、フランスで目撃された暗黒星についての報告の一つ。

 アステカの資料:
 原始的な線画があり、建物の頂上に立つ人影がより粗雑に描かれている。
 簡素なローブを着ているその人物の風貌は、アメリカ原住民のもののように見えた。その頭上には星のような姿が、後ろに黒い雲をたなびかせつつ空を横切っている。
 アステカの王、モンテズマの伝説。
 かのコルテスの到来の直前に、アステカの民は『煙る星』と呼ぶものを見た、といわれている。

 日本の資料:
 水墨画よりもさらにシンプルな、墨で書かれた奇怪な神仏。
 凶悪な顔を持ち、頭に九匹の蛇、そしてその両手には日月が握られている。
 彗星の頭を司ると言われる羅睺。正体不明の暗黒星とも言われ、日月を飲み込み、大災害をもたらすとされている。
 九曜の一つで、占星術では大凶とされる。
 また、尾の部分を計都と呼ぶこともある。
 計都は一般には彗星のことであると言われている。九曜の一つで、占星術では凶とされる。
 やはりこちらも凶兆である。

新聞記者の情報
 もしも探索者の中に新聞記者などのマスコミ関係者が居る場合、そのコネを頼って情報を得ようとする可能性があります。
 得られる情報は以下の通りです。

・女学生あたりの失踪が目立つことは知っており、それなりの記事になっている。ここ最近の話。
・行方不明者の2人は桜嶺女学院の生徒。
・大方は良家の子女。
・年齢はまばら(15〜25程度)。
・失踪は2ヶ月前から2週間前。
・特に目立った共通項は無い。
・馬場春香の名前は無い。

名刺
 元々名刺に近いものはかなり昔から存在し、それは単に目的の人物が不在時に自分の名を書いた紙(あるいはそれと分かるようなもの)を、 訪問先に残しておく、と言ったものでしたが、そのうちにそこへいろいろな情報を載せるようになっていきます。
 幕末ともなると訪日する外国人との応接の際に名刺の交換をした、という記録も残っており、明治以降、名刺は盛んに使われるようになり、鹿鳴館時代には社交界の必需品となっていったそうです。
(すでにこの時代から名刺交換の習慣は存在したようです!)

紳士録
 紳士録は明治期からもすでに存在しており、日本の特に著名な人物を収録したものから、県別のものまであり、この県別のものにはかなりマイナーなものまで収録されていたいようです (大学の役員やら、企業の社長やら)。
 調べられる内容はあまりありませんが、ここに載っている=存在している人物で、それなりに著名か、あるいは何らかの財産等がある、ということになります。

ラジオ
 ラジオですが、大正時代には存在していません。ラジオ放送が始まるのは関東大震災後です。
 それまで特にその必要性などはなかったのですが皮肉なことに、関東大震災によって情報を広範囲に伝える必要性が出てきた為、その放送が開始されたのです。
 また、それらの電波に関する法律なども全く整っていませんでした。

天文台について
 最初期には明治11年(1878)、帝国大学理学部の観象台として本郷にありました。
 続く明治21年(1888)の旧内務省、海軍省の天文関係業務を統合、東京府下、麻布飯倉に東京天文台として設立されました(当時麻布は東京市内ではありません)。
 人工照明の明るさのために観測が次第に困難になり、1924(大正13)年に北多摩郡三鷹村(現三鷹市)に移転、拡充されました。
 大正8年(1919)より平山信(ひらやま まこと)博士が天文台台長となっています。
 なお、当時の日本の天文台の設備では測地天文学が精一杯で、本格的な天体望遠鏡が導入されるのは三鷹移転後かなり経ってからです(それでもかなり時代遅れの感があるのですが)。

諸人こぞりて
 有名なクリスマスキャロルでもある賛美歌です。
 念のため、全詩を載せておきます。

1.諸人こぞりて むかえまつれ
 久しく待ちにし 主は来ませり
 主はきませり 主は 主は きませり

2.悪魔のひとやを うちくだきて
 とりこをはなつと 主は来ませり
 主はきませり 主は 主は きませり

3.この世の闇路を 照らしたもう
 たえなる光の 主は来ませり
 主はきませり 主は 主は きませり

4.しぼめる心の 花を咲かせ
 めぐみの露おく 主は来ませり
 主はきませり 主は 主は きませり

5.平和のきみなる み子をむかえ
 すくいの主とぞ ほめたたえよ
 ほめたたえよ ほめ、ほめたたえよ

狂犬病
 ウィルス性の感染症で、人間を含む哺乳類に感染します。
 潜伏期間は1〜2ヶ月ですが、中には何年も発症しないこともあります。
 発症すると神経過敏となり狂躁状態となって、(動物の場合は)目に見えるものに噛み付こうとします。その後、全身麻痺となり最後はこん睡状態となって死亡します。
 人の場合はは、水を飲む時に、その刺激で咽喉頭や全身の痙縮が起こり苦痛で水が飲めないことから「恐水症」とも呼ばれています。
 日本では大正11年(1922)の「家畜伝染病予防法」によって犬にワクチン接種が義務付けられ、その発症数が激減しました。
 太平洋戦争時にまた発症数が増えましたが、戦後の「狂犬病予防法」にて1956年以降、発症数0となっています(が、日本だけの話アジア圏ではまだまだ発症数が多く見られ、海外で感染して持ち込まれる可能性は否定できません)。

エーテル理論
 19世紀以前の物理学において、空間を(真空でも)満たしていると言われた物質です。
 光や、力を伝える媒質だと仮定され、その存在が捜し求められていました。
 19世紀においてマクスウェルが電磁気学を確立し、そしてヘルツによって電磁波が確認されると、媒質であるエーテルの存在はますます確信されますが、続くマイケルソン=モーリーの実験結果を受けたアインシュタインの特殊相対性理論によってその存在が否定されるようになります(否定というよりも不要?)。

 ここでは、山本は『天球音楽受信機』が新天体(グロス)が動くことでエーテルに伝播される波動を捕らえることができる機械だ、と教授に説明しています。
 教授自身はエーテル理論をすでに過去のものである認識しており(あるいは、エーテル理論自体が胡散臭い代物であると)、この機械が紛い物であると思っています。
 しかし、実際に受信機が音楽を奏でるタイミングで観測を行えば新天体を捉えることができる為、この機械を不承不承ながらも天文台に置いているのです。