スレッドA 綾の影
このスレッドは起動条件等なく、キーパーは随時、場面場面を挟むようにしてください。順番を考える必要はありませんが、探索者達の動きに合わせて行なう必要がある為、急ぎすぎず、遅すぎずないように検討してください。
このスレッドでは、綾の影を踏むように彼女を追いかけて、断片的に情報を得ることになります。
確定的な情報ではなく、彼女が思わせぶりな言動を行なうのみで、直接的に事件に関連したものではありませんが、黒澄綾という少女の今の在り方を探索者達が知るものとなります。
探索者達が迷っている、手詰まりになっているような状況で、キーパーの判断で各場面において誘導するような言動を行なうことも問題ありません。
彼女は毛利姉妹と協力しており、ミ=ゴ達と敵対していることも確かですが、自身はどちらにも身を預けるつもりはない、と考えています(強いて彼女が信頼しているのは、前に彼女を匿っていた近衛のみですが、この時点では彼は彼女の前から姿を消しています)。
綾との会話中に、探索者が《精神分析》《心理学》を行なうことを宣言した場合は、まず綾は異質であり、圧倒的な知性を持つ為に、それは通用しない可能性が高いことを告げてください。
それでも行なうことを宣言した場合、前のシナリオと同様、むしろ行なっている探索者の方がその対象となっている錯覚に陥ります。
《精神分析》の場合、正気度を回復させるのではなく減少させる方向への分析が彼女によって行なわれ、1/1D10+1の正気度を喪失します。
《心理学》の場合、綾のINT18との対抗ロールに失敗すると彼女の深淵を覗き込んでしまい、1/1D10+1の正気度を喪失します。この対抗ロールに打ち勝った場合、今、目の前に居るのは人間の姿をしているものの、その精神は異界の者であり、心理学の対象ではないことが分かる為、やはり1/1D10+1の正気度を喪失します。
もしも、探索者が綾に対して暴力的な手段に訴えた場合は、以降、彼女は探索者に近寄らないようにします(特に、特高探索者が強硬手段に出る場合、彼女は特高探索者が居る場面には一切登場しなくなります)。
同時に、毛利元子、小早川隆子の双方から敵だと見なされるようになります。
- 綾を追跡する
- 猫楽器、路地裏にて
- 神々の夢、図書館にて
- 大正琴、ある民家にて
- テルミン、浅草公園、あるいは大道芸の出ている場所にて
- 音楽の霊感について語る、教会にて
- 綾、御大を引用する
- スレッドの終了後
綾を追跡する
このスレッドで登場する綾を追った場合、《追跡》かあるいは、《忍び歩き》等のロールを要求してください。
ロールの成否に関わらず、彼女の行方を追う事は出来ませんが、ロールの成功を重ねる度に、以下のように綾がどう移動しているかが分かります。
1回目、彼女は明らかに手掛かりや痕跡を残さないようにしています。ただ、少なくとも徒歩と、公共交通機関で移動していることが分かります。
2回目、彼女は鉄道の路線のみならず、時刻表まで記憶しており、さらにその日の運行状況をある程度予測して最もロスが無い、そして追跡者をかわすように移動していることが分かります。そして、これまでの出現傾向や、いくら効率よく移動しようともその移動範囲から、彼女は間違いなく帝都内、そして中心部に近い場所に居る可能性が高いことが分かります。
3回目、彼女の追跡に成功します(これまでの傾向と対策により、ある程度の先回りをして)。彼女が神田にある古びた古本屋を通って、裏手にある家に入っていくところを目撃します。
綾の居場所を掴んだ後にどうするかは探索者次第ですが、綾の方も居場所が知れたと分かった場合は早々に姿を消し、今度は簡単に分かる場所ではなくなります。
基本的に居場所を掴んだ後に綾に対しては1回だけ、何らかの行動を取ることが出来ます。あるいは、綾の居場所をどれかの勢力に売った場合は、その勢力が綾を急襲し、捕らえてしまいます。
猫楽器、路地裏にて
どこかの路地裏のような場所で、いかにも猫が居そうな裏道で黒澄綾に遭遇します。
綾は猫語を話すことはできませんが、猫とコミュニケーションを取る為の音を発することができます。また、彼女自身が猫のように静かに動く為に、大概の (理性度が0の野生の)猫に、大きな猫の仲間のようなものだと思われています。
綾は自身の足元に来た猫を抱き上げて、優しく撫でながら探索者に語ります。
「アタナシウス・キルヒャーの、Musurgia universalis, sive ars magna consoi et dissoni(ムスルギア・ユニバーサリス、シヴ・アルス・マグナ・コンソイ・エト・ディッソーニ)、『普遍音楽、あるいは大いなる調和の技術』とでも訳しましょうか。
その中で「猫のオルガン」というものが出てきています。
キルヒャー自身のアイデアではないらしいのですが、オルガンに似せた装置の中に、さまざまな鳴き声の猫達を閉じ込めます。そして、オルガンの演奏に合わせてその尾を針で刺し、音階に合わせるように猫を鳴かせる、そんな装置らしいです。
果たしてそれが音楽となるのかは分かりませんが、面白いアイデアだと思いますよ。
…アイデアとしては面白い、のですが、少々残酷趣味ですね」
綾は抱いている猫を撫でながら言う。猫は、目を細めて気持ち良さそうにごろごろと喉を鳴らし始めた。
ふと、何かに気が付いたかのように、綾の手付きが変わるが、相変わらず、猫を撫でていることには違いない。
ここで、探索者が綾の邪魔をしない場合は、《アイデア》か、《芸術:(音楽に関わるもの)》か、POW×5のロールに成功すると、綾の手によって猫の鳴き声がコントロールされて、そのごろごろがまるで楽器のように奏でられているように思えます(しかし、音楽になっている訳ではなく、ただ彼女の手によってその鳴き声を変えている程度です)。
もしも、この綾の手付きを探索者が指摘した場合、彼女はからかうように笑うと、「先に挙げた『普遍音楽』の中の一つですが、ヘブライ人は『動物は生きている間は一つの声でしか鳴かないが、死ねば七つになる』と言ったそうです。でも、この子は生きていても七つの音を出しますね」と言います。
綾は、微笑んだまま、「うん、やはり、難しいものですね、生き物と言うものは」と言うと、普通に撫でるのに戻ります。
しばらくすると猫を地面に戻して、「では、私はこれで」と去っていきます。
綾が語るアタナシウス・キルヒャーの「普遍音楽、あるいは大いなる調和の技術」は、もちろん、この時代に翻訳はありません。
彼女は庇護を受けていた近衛の蔵書の中に発見したこの書を、ラテン語で読んだことになります。
神々の夢、図書館にて
探索者が図書館ロールの為に図書館などを訪れた場合、その書架の間に彼女の影を見ることになります。
彼女を追いかけた場合、書架の間に消える彼女を見るだけで、捉えることは出来ません。
どこからか、近くて遠い位置から彼女の声が聞こえてくる。
「この世の中は大いなる神が見ている夢である、という物語を読んだことがあります。
目覚めることで世界が終わるかもしれない。
そして、それを目覚めさせないために、太鼓を叩き続ける、そんな神もいましたね」
「ただ、私は音楽で世界を表現したいだけなのです。
「私の音楽は、神を呼び覚ますものなのか、それとも神を眠りに導くものなのか。それとも、そんな影響もないものなのか。
それは、音楽が奏でられた時にしか分かりません。
そして、今回は、今度こそは、完全な、完璧な、完成された音楽を奏でられるでしょう」
それは確信に満ちた声であり、無慈悲な宣告だった。
語り終えると、彼女の気配が遠ざかっていくことを探索者は感じます。
綾が語っているのはロード・ダンセイニの「The Gods of Pegana(ペガーナの神々)」です。
こちらももちろん、この時代には翻訳されていません(好事家が本を輸入していた可能性はあります)。また、ダンセイニ卿も来日したことはありません(東洋趣味はあったようですが)。
「ぺガーナの神々」は明治38(1905)年に書かれています。これも、綾は近衛の蔵書として英語で読んでいます。
大正琴、ある民家にて
路地裏を歩いている探索者の耳に、琴(正しくは箏らしいですが)のような音色が聞こえてきます。
それは非常に見事な技術で弾かれており、よく下町で見かけるような習い事の先生のレベルを遥かに超えています。
探索者が音の出所を探った場合、《聞き耳》か《アイデア》、あるいは単に時間を掛けることによってその出所である民家を発見することが出来ます。
小振りの瀟洒な民家で、いかにも金持ちの妾の家と言った雰囲気が漂っていますが、表に「三味線、長唄、琴、教えます」と看板が出ています。
低い生垣越しにから中を覗くと、雨戸の開け放たれた居間に和装の女性が二人座って、琴ではない鍵盤のようなものが付いた小型の琴のようなものを弾いています。
一人は如何にも下町の先生といった様子の年増の女ですが、一人は黒澄綾です。演奏は綾が行なっており、愕然とした面持ちでその演奏を先生が眺めています。
彼女が弾いているのは大正琴です。大正琴はその名前の通り、大正期に新たに開発された楽器で、琴のように弦を張った楽器にタイプライターのような鍵盤が付いており、これで弦を押さえてから弾くことで、琴と同じように音階を調節する楽器です。
一通り弾き終えると、彼女は閉じていた目を開けてから、生垣のそばに佇む探索者を見て軽く微笑みます。
そして、呆然としたままの先生に向かって、探索者にも聞こえるように語ります。
「この大正琴という楽器は、面白いものですね。
弦の長さから音の響きは確かに箏のほうがよいのですけれど、これはこれで独特のものがあります。
そして、この大正琴は箏と同じ複雑さを内包しているというのに、それを如何に簡単に、小さくするかに力が注がれていて、とても興味深いものです。
この鍵盤にある数字も、楽譜が読めなくとも演奏をする為のもので、誰にでも分かりやすく、同じ音楽が奏でられるのですね。
伝統的な楽器に、タイプライターの構造を応用した機械を融合させ、新しい考えを用いる。とても、参考になりました」
先生に向かって深々と礼儀正しく綾は頭を下げますが、先生の方は相変わらず呆然としています。
しばらくして我に返った先生に向かって、綾は暇乞いを告げるとその場を立ち去っていきます。
テルミン、浅草公園、あるいは大道芸の出ている場所にて
《アイデア》、あるいは《聞き耳》×2に成功すると、どこからともなく流れる、機械の音楽、それは以前に聞いた『天球音楽受信機』や、『苦悶の楽器』から奏でられる電子音に似た、自然界ではあまり聞かない音を捉えます。
その音の方へ足を向ければ、大道芸を囲む人の輪と、その中心に何かアンテナのようなものが縦と横に張り出した、奇妙な機械の前に立って中空に手を彷徨わせている奇妙な大道芸人を発見します。
《知識》か、《機械修理》/2、あるいは《芸術:(音楽に関連するもの)》 に成功するか、ロシアの事情に詳しいなどの場合、それがロシアで開発されたテルミンという電子楽器であることに気が付きます。
(テルミンは大正8(1919)年に、ロシアで開発された世界初の電子楽器であり、関東大震災の前年、大正11(1922)年にレーニンの前で披露されて有名になりました。
もしも、探索者が共産主義者等に関係があったりする場合(革命家等で共産主義者や、それを追う特高など)は、これを無条件に気が付かせてもよいかもしれません)。
探索者達が見ている前でテルミンをその大道芸人は奏でる訳ですが、それは辛うじて音楽の体をなしているものの、聞くに耐えません。見物人たちもこの珍しい楽器を興味深げに眺めているだけで、それが奏でる音楽を不思議がっているだけです。
そのうちに演奏をしていた大道芸人が、このテルミンを演奏してみたい人は居ないか、見物人の中から募り、黒い男装の、明らかに黒澄綾がそれに応じます。
綾が進んでその奇妙な楽器、テルミンの前に立つ。
それまでテルミンを弾いていた大道芸人が軽く綾に説明をした後、彼女のその長く白い繊細な指が何も無い中空を触れると、それに合わせてテルミンから蚊の鳴くような、ガラスを擦るようななんとも言えない音が出る。
綾は目を閉じたまま、その手が何かを確かめるように一通り虚空を彷徨い、テルミンからは連続した異なる音が発せられる。一息置いて目を開いた彼女が微笑むと、その手は踊りだした。
大道芸人が辛うじて音楽のようなものを奏でていたのとは比べ物にならない、ゆっくりとしているが柔らかな音が響く。
テルミンが彼女の手によって、歌うように音楽を奏でていた。
まるで深海のクジラが歌うような、くぐもった高い音でありながら低い音のように体を揺らす音が発せられている。
それはあの時にあの『装置』から聞いた『天球音楽』に似た、機械が奏でる非人間的なものでありながら、そこにあるのは人間的な強烈な情動だった。
この綾のテルミンの演奏を聴いた探索者は、以前に『天球音楽受信装置』からの音楽を聴いている場合は1/1D3+1、そうでない場合は0/1D2の正気度を喪失します。
この音楽は聴衆の大半を魅了し、うっとりさせるものですが、少数の者は次第に恐慌を来たし、悲鳴を上げ始めます。
(正気度ロールに失敗したか、あるいはこの『音楽』に潜む何かに呼び覚まされたかして、狂気が引き起こされたのです)
悲鳴とともに騒ぎが始まり、これ幸いとばかりに巡回中の警官が見世物に解散を命じます。
綾はこの騒ぎに乗じて姿を消します。
音楽の霊感について語る、教会にて
どこからか、荘厳なオルガンの音色が探索者の耳に届きます。
その音色は神を讃える荘厳な音色であるとともに、どこかしら冒涜的な響きを持ち(もしも、雪子のフルートを聞いている場合は、それに似た)、ひどく不快感を掻き立てられると同時に、この音楽に惹き付けられ、演奏するものを確認せずにはいられない、ハーメルンの笛吹きのような音楽です。
このオルガンの音源を辿った場合、街角の小ぢんまりとした教会へ行き着きます。
教会の正面、礼拝所となる扉は開いたままになっており、探索者を遮るものはありません。中へ入ると、他の礼拝客は見当たらず、教会の奥に設置されたオルガンで一人、演奏を行なっている綾を発見します。
綾は目を閉じたまま演奏を続けていますが、探索者に気が付くと少しだけ目を開けてそれと確認し、そして奏でる音楽を変えます。
それは伝統的な宗教音楽であるにも関わらず、どこか『天球音楽』に似た、彼女自身の音楽のように思えます。
探索者が近付くと、彼女は演奏を続けながら語ります。
「私達の前に開かれている領域は、この狭い、貧弱な鍵盤ではなく、際限の無い、まだほとんど全体にわたって知られていない鍵盤であり、そこにあっては鍵盤を構成しているのは様々な感情であり、幾百万のキーのうちのいくつかがわずかにあちこちに、未踏の地の濃い闇によって互いに隔てられています。
それらの各々はちょうど一つの宇宙が他の宇宙と異なるように、他のキーと異なっているのであって、数人の偉大な芸術家によって発見され、その人たちこそが、彼らの見出したものと交感しあうことを私達の中に呼び覚ましながら、空虚と見なし虚無と見なす魂の、あの入り込めない絶望的な広大な闇の中に、知らずに隠されているかを我々に見せてくれるのです。
「ブラームスは、『作曲するとき、私はイエスがしばしば関わりを持ったのと同じ霊に満たされています』と言いました。
シュトラウスは、『あなたや私やすべての事物が発生してくる無尽蔵にして永遠のエネルギーの源泉に触れている気がします』と言い、そしてグリークは、『私達作曲家は、無限を有限に投影するのです』と語っています。
「偉大なる音楽は単に諸惑星にのみ由来するものではなく、むしろ第八天球やそれを超えた世界、すなわち純粋な知性の領域からやってくるものなのです」
綾が語り終えると同時に、その音楽も終わります。
そして、奥の方からカソック姿の神父が現れ、綾に演奏をしてくれた礼を言います。
それに対して綾は「いえ、こちらもオルガンを自由にさせて頂いていますから」と答え、微笑むと、「では、これで」と探索者の方にも頭を下げて去っていきます。
綾、御大を引用する
この場面は、中盤以降、探索者達の探索が進み、様々な事件の関連性について検討を始めてから行なってください。
特に場所などは指定はありませんが、ゆっくりと話が出来る場所で、探索者の考えを語らせて、綾の意見を聞くような流れにするとよいでしょう。
くすくすと彼女は笑いながら、歌うように語る。
「The most merciful thing in the world, I think, is the inability of the human mind to correlate all its contents.」
この世の中で最も慈悲深い事は、私が思うに、人間がすべての事柄を関連させることができないことである。
と、でも訳しましょうか。
気分転換に読んだ、アメリカのペーパーバックの中の小説の一つの冒頭部分です」
※ラヴクラフトの『クトゥルフの呼び声』は昭和4(1928)年にウィアード・テイルズ2月号に掲載されたもので、まだ書かれていません。
作者の趣味なので、キーパーが不要の判断をしたり、あるいは時系列の問題が大きいと感じた場合は削除してください。
プレイヤーが分かっている場合ははっきりと、「この時代にはまだ書かれていないけれど、気にしないでね」、と言うのも一つの手です。
あるいは、綾はこれを近衛の蔵書で読んでいます。そこに未来の書物があってもおかしくはないのかもしれません。
スレッドの終了後
このスレッドには終了後はありません。終幕部へと綾の動向は吸収されます。