スレッドK 浅草の猫と音楽と少女達
このスレッドは女学生探索者が、父親の教授の部下である英元英を訪ねることで起動します。
英は偶然にもグロスを再発見し、『天球賛歌事件』における山本幸助のように病んだ印象を与えた為、教授が念の為に女学生探索者に見舞いに行かせたのでした。
英の家を訪ねようと浅草の怪しげな十二階下辺りを彷徨う女学生探索者は、オペラ座少女歌劇団の団員達と遭遇し、英の住む長屋へと案内されます。
英の長屋で『天球賛歌』に似た『唄』を聞いた少女達は、その発信源と思しき「音楽の天使」を探ろうとオペラ座少女探偵団を結成します。
『唄』の探索を進めると怪しげな明石の双子と遭遇し、そして目の前で変容したシャッガイに襲われる双子の片割れ明石澄を救うことになり、この双子と仲良くなっていきます。
しかし、双子葉シャッガイの女王であり、その変容を待つばかりの状態であるところを『唄』によって精神の平衡を保ち、長らえているのでした。
次第に精神の平衡を欠き、シャッガイの女王へと覚醒が進んだ耀は、行方を晦ましてしまいます。そして、赤い月の照らす十二階で再び耀と見えた探索者達は『唄』によって彼女を救うかを決断することになります。
- 擬似呪文:『唄』
- このスレッドでの登場人物(NPC)
- 英の見舞いに浅草を訪れる(スレッドの起動部)
- 英の長屋
- オペラ座少女探偵団、結成
- 貴婦人と美波、そして浅草の猫達
- 音楽の天使(?)を探る
- 『音楽の天使』の探索
- 明石の家、音楽の天使(?)に遭遇する
- 狙われた少女
- 明石家、饗応
- 双子の『唄』
- 双子の苦悩
- 吉川春子の遺産、地下実験室
- 月に向かって飛ぶ
- 女王の争い
- 音楽の天使を探す
- スレッドの終了後
擬似呪文:『唄』
この呪文は正確には呪文を模したものであり、黒澄綾の音楽を始とした浅草において奏でられた異界の音楽の影響によって発露した、明石の双子の歌です。
特にこれといった効果はなく、聞くものを不安にさせる異界の音楽の印象を与えますが、黒澄綾のそれに比べると異質であるだけであり、ある意味において普通の音楽に属しています。
この音楽は、明石耀、澄のよすがとなるもので、彼女らの精神の平衡と、シャッガイの女王としての覚醒を止める音楽となっています。
このスレッドでの登場人物(NPC)
このスレッドの登場人物を紹介します。
別のスレッドにも登場する可能性も皆無ではありませんが、本スレッド以外では大きくシナリオに関わらない為、ここでの紹介とします。
英元英(はなぶさ・もとひで)、天文学者
若いながらも女学生探索者の父親、教授の助手的な立場として天文台での研究に携わっています。
それなりの俸給も貰っているのですが、浅草の裏手に住むのも音楽が趣味である為です。
若いこともあり、音楽を趣味にしていることもあり、未婚であり、学者と言う珍しい立場ながら私生活ではまるで駄目書生な生活をしていることもあって、近所の人々からも妙な心配をされています。
オペラ座少女歌劇団のメンバーとは彼女らの寮が近いこともあり、何度か顔を合わせているだけでなく、好奇心旺盛なメンバーが彼に興味を持ったことをきっかけに交流が始まっています。彼女らからは気安い変わったお兄さんという認識を持たれています。
猫好きでトラと名付けたキジトラ猫と、ワガハイと名付けた黒猫を飼っています(外飼いのような状態ですが)。ちなみに、両方とも日本猫の雑種です。
※英のデータは示しません。
必要があればキーパーが自作してください。
明石耀(あかし・てる)、双子の姉、シャッガイの女王
明石澄(あかし・すみ)、双子の妹、シャッガイの女王
浅草の裏手に住む双子の姉妹です。
吉川春子の庇護を受けながら暮らしており、華族の隠し子、お姫様的な扱いを受けていますが、その正体は春子が試作、培養したシャッガイの女王です。春子はこの双子に『唄』を歌わせることを目的としていましたが、春子の目的が土着に絞られた為に半ば放置している状態です。
(吉川春子の最終目的は土着ですが、『音楽好きなシャンの一族』らしく、音楽を奏でる、『唄』を歌うシャッガイに思い至っており、このシャッガイを製造したのです)
見た目は13〜15歳の少女のように見えますが、急速な培養によって育てられた為に、実際は1歳程度です。その為、1年以上前の記憶もありません。基本的な知識、教養は移植されている為、普通の生活において困ることはありません。また、記憶が無いことについては条件付けによって重大なことではない、気にしていないように設定されています。
双子はシャッガイの女王としてそのコロニーを預かる身となった場合は、女王となるのは一人である為に、自身の片割れを殺す必要があり、これを彼女らは悪夢として見ています。
彼女らは実験の為の試作と急激な培養の影響の為、シャッガイの女王として覚醒するかは不安定となっています。そして、『唄』を歌うことに精神の平衡、安定を得るようになり、その覚醒が押さえられています(『唄』覚醒を抑えていることは、彼女ら自身も無自覚です。悪夢を見たり、脱皮が促されるような場合に『唄』を歌うことによってそれが押さえられる、ということは自覚しています)。
STR 10 CON 11 SIZ 8
INT 20 POW 12 DEX 10
APP 14 EDU 20 SAN 13/21
耐久力 10 ダメージボーナス ±0
技能:オカルト 75%、化学 80%、人類学 50%、図書館 80%、博物学 80%、ほかの言語:英語 60%、 ほかの言語:ドイツ語 50%、ほかの言語:ラテン語 70%、 物理学 70%、芸術:歌唱 45%
※耀と澄は全く同じ能力値を持ちます。ただし、現在正気度だけは左が耀、右が澄となります。
彼女らのEDUはシャッガイの女王の特性によるもので、教育を受けた期間とは関係ありません。
キーパーへ:
シャッガイは本来、「昆虫の姿への変容によって正気度をすべて失う」ことになっていますが、この双子は春子の試作、特注品である為に、「正気度をすべて失うことで、昆虫の姿に変容する」ようになっています。
『オペラ座少女探偵団』
二重幻想的舞台においてオペラ座館で組織されていた『オペラ座少女歌劇団』の少女達が、この事件に関わってでっち上げた探偵団です。
とはいっても、関わりがあるのはその場に居た星川、月野、深雪だけで、これに探索者を加えて結成されることになります(千鳥は補欠のような扱いです)。
彼女らは今現在、オペラ座館が休館中である為に暇を持て余しており、その暇潰しも兼ねてこの探索を行なっています。
・星川映見(ほしかわ・えみ)
少女歌劇では主に男役で、演技が上手く、美形、派手で目立ちます。
劇団の中心メンバーであり、引っ張る存在です。
オペラ座館は休館中ですが、いつでも復帰できるようにと練習は欠かさず、暇さえあれば浅草六区へと出向いて劇場や活動をせっせと見て回っています。
猫好きですが、それを表に出すと自身のイメージに合わないと考えており、人前では猫好きのようには振るいません。しかし、何故か猫の方から寄ってきて、それを耐える場面が多く見られます。
STR 13 CON 11 SIZ 13
INT 13 POW 12 DEX 15
APP 16 EDU 9 SAN 41
耐久力 12 ダメージボーナス ±0
技能:言いくるめ 70%、隠れる 40%、芸術:演技 70%、芸術:歌唱 60%、跳躍 50%
・月野喜多(つきの・きた)
少女歌劇では主に女役で、歌、演技ともそつがなく、星川の相方として目立ちます。
星川の相方役で、表向きは素っ気無い態度を取ったり、星川に振り回されているような印象を与えますが、二人は付き合っています。
オペラ座館が休館中はゆっくりしようと考えていたようですが、毎日のように星川に付き合わされ、忙しい日々を送っています。
猫好きで、思い切り可愛がります。何故か猫の方から避けられており、星川と一緒に居ると高確率で猫は二人を避けるか、星川に寄っていきます。
STR 9 CON 13 SIZ 12
INT 15 POW 10 DEX 16
APP 15 EDU 10 SAN 39
耐久力 13 ダメージボーナス ±0
技能:オカルト 60%、隠す 40%、芸術:演技 65%、芸術:歌唱 70%、忍び歩き 50%、心理学 40%、説得 70%、追跡 50%、目星 60%
・深雪銀子(みゆき・ぎんこ)
少女歌劇では星川、月野に次いで目立ち、二人の親友でもあります。
姐御肌であり、面倒見がよく、星川や風見のフォローをしていることもあり、少女歌劇の中では頼れる存在として見られています。
オペラ座館は休館になり、さらには閉鎖の可能性まであることを考えている彼女は、すでに他の劇団や劇場の様子を見て回っています。
猫は好きでも嫌いでもなく、敬して遠ざけるタイプです。猫の方もそれが分かっているのか、近付くことに躊躇いはありませんが、よほどのことが無い限りは相手にして欲しいとねだることはありません。
STR 7 CON 12 SIZ 11
INT 13 POW 14 DEX 13
APP 14 EDU 9 SAN 58
耐久力 12 ダメージボーナス ±0
技能:言いくるめ 60%、芸術:演技 50%、芸術:歌唱 60%、値切り 50%、変装 41%
・千鳥美波(ちどり・みなみ)
非常に無口、無表情なのですが、パントマイムや、大道芸のような軽業が得意で、少女歌劇団の中で特殊なポジションを得ています(この時代にパントマイムと言う言葉はありませんが、無声映画のコメディのような動きです)。
猫好きを通り越して猫狂いとでも言ってよいレベルです。特にレディ・ワイルドとは強い絆で結ばれており、彼女の為ならば相当な無茶をやってのけます。猫の方にも好かれており、美波を見ると寄ってくる猫が浅草には多数居ます。
STR 13 CON 14 SIZ 9
INT 11 POW 10 DEX 17
APP 15 EDU 9 SAN 42
耐久力 12 ダメージボーナス ±0
技能:応急手当 50%、隠れる 60%、聞き耳 50%、芸術:演技 60%、芸術:歌唱 60%、芸術:パントマイム 70%、忍び歩き 50%、その他の言語:英語 50%、その他の言語:猫語 60%、図書館 50%、博物学 60%
浅草の猫たち
猫たちはこのスレッドにおいて、探索者と並行して探索を行なっています。
探索者を助けることをレディ・ワイルドから命じられるとともに、音楽の天使の探索に従事しています。
特に彼、彼女らの詳細な情報は示しませんが、必要とあればクトゥルフ・フラグメントのキャットゥルフのルールを使用して作成してください。
・レディ・ワイルド
レディ・ワイルドもオペラ座館が休館中である為に暇を持て余しています。
そんな中で、浅草周辺に住む猫達から『音楽の天使』の情報を聞き込んだ彼女は、その探索に乗り出すことにしました(とは言っても、自身が出ることはなく、千鳥美波やその他の猫達を使って、ですが)。
今のところ『音楽の天使』の悪影響がある訳ではないのですが、オペラ座館で聞いた歌声に興味を持ち、その正体を探ろうとしています。
(レディ・ワイルドも、『音楽の天使』が黒澄綾であることは知りません)
・トラ
・ワガハイ
レディ・ワイルドに従う探索猫です。
英に飼われていますが、自由気ままに振舞っています。
英の見舞いに浅草を訪れる(スレッドの起動部)
女学生探索者が父親の依頼を受けて浅草に英を訪ねた場合にこのスレッドは起動します。
探索者が教えられた住所を頼りに浅草へ赴くと、英はいわゆる十二階下を抜けた先にある寺町のあたりに住んでいる為に、昼間とはいえこの怪しげな場所を通り抜けるか大回りする必要があります。あるいは、キーパーの判断により、そういった怪しげな地域に踏み込んでしまった、として始めるのもよいでしょう。
何とか新道、小路と立派な名前は付いているものの、蓋の無い溝からは異臭があふれ、昼間だというのにどこからか酒と白粉の臭い、そして怪しげな風体の男や女があちこちに立っており、物珍しげに女学生探索者の方を見ています。
すると、後ろの方から姦しい少女達の笑い声とともに、3人の少女達が探索者の方へ歩いてきます。
それは『二重幻想的舞台』に登場したオペラ座少女歌劇団のメンバーである、星川、月野、深雪であることに気が付きます。
女学生探索者が声を掛けるか、そうでない場合は星川の方から声を掛けてきます。
「おや、こんなところでどうしたんですか、お嬢さん?」
気取った、芝居がかった調子で星川は話しかけてきます。女学生探索者が英の住所を言うか、あるいは英を訪ねることを告げれば彼女らは姦しく話します。
「ああ、あの天文学者さん。
劇団の寮の近くの長屋に住んでいる人よ」
「そうそう、変な人。
聞きもしないのに星の話をするの。たまに面白いこともあるのだけれど、大体、訳が分からないわね」
「同じ方角だから、一緒に行きましょうか」
わいわいと彼女らと一緒に、怪しげな地域を通り抜けることになります。
(拒否するのもよいですが、その場合は昼間から酔っ払いに絡まれるなどのトラブルに巻き込まれて、彼女らに助けてもらうことにするとよいでしょう)
歩きながら彼女らに英について訊ねた場合、以下のような情報を得ることができます(特にロールの必要はありません)。
「麻布だか三鷹だかの天文台に勤めているって聞いたけれど」
「最近、ずっと忙しそうにしてたわ。何日も姿を見ないのも普通よね」
「学者さんと言うのは皆、ああなのかな」
「まあ、忙しいとか言う割には嬉しそうなのは、やはり星を見るのが好きなのよね」
「ああ、そう言えば、音楽も好きみたいよ。
薄給だ、貧乏だ、とか恨み節を聞かせるくせに、立派な蓄音機を持っているんだから」
「ご近所の迷惑になっているとか、いないとか。
まあ、あの辺りじゃしょうがないよね」
彼女らは一様に適当なことを話します。彼女らはあくまで近くに住んでいる若い学者程度にしか認識していません。この為、英の正確な情報を持っていませんし、休養していることも知りません。
英の長屋
怪しげな地域を少しだけ離れ、寺町、下町らしい雰囲気が出る辺りにある昔ながらの長屋の一角へ、オペラ座少女歌劇団のメンバーは女学生探索者を案内します。
「ここ、ここが英さんの部屋だよ。
いかにも貧乏長屋、って感じでしょ」
「おーい、学者先生。愛しのオペラ座少女歌劇団の団員達が、お客様をお連れ致しましたぞ」
遠慮なくどやどやと、少女達は英の部屋へと入り込んでいきます。
その勢いに気圧されたのか、開け放った戸から一匹のキジトラ猫が逃げていきます。
女学生探索者がその部屋へと足を踏み入れると、いかにも狭い、昔ながらの土間と4畳半、奥には庭に通じる雨戸は閉まったままで、見える範囲がすべての小さな部屋であることが分かります(そして、その狭い空間に女学生探索者を含めて4人もの少女がひしめいています)。
家具も最小限で脇に立て掛けてあるちゃぶ台に、おそらく衣類を入れていると思われるつづらのみで、押入れの鴨居には仕事着(背広)がハンガーで吊るされ、部屋のあちこちには専門書が積み上げられており、汚れた衣類とごみが散乱しています。
件の英は、寝巻き姿で部屋の奥の方(と言ってもあまり距離は無いのですが)に敷いてある布団の上に黒猫を抱いて座っており、青白い顔をしているものの、少女達の群れを前に照れたような笑みを浮かべています。
女学生探索者に気が付くと英は、「ああ、教授のお嬢さんでしたか。わざわざこんなところに申し訳ありません」と座ったまま頭を下げます。
「体調が優れない事も確かなのですが、何をするにも億劫な気分になってしまって。
こんなことははじめてなのです」
青白い顔に照れた表情を浮かべ、夢見るように無気力に彼は笑います。
《精神分析》、あるいはキーパーの判断で《心理学》に成功すると、英が鬱のような症状を呈していることに気が付きます。
《医学》で診断を行なった場合、彼は衰弱していることは確かですが何かの病気ではなく、精神の不調が身体に影響していることが分かります。
英自身もこれらの原因については全く分かっていません。また、グロスを再び観測したことについても、全くの偶然で別にそれを探していたわけでもなかったと話します。
キーパーへ:
英は自身が話したとおり、何らかの身体的な病気ではなく、精神の病の為に体調を崩しています。それは、近所から聞こえてくる『唄』と、その影響によってグロスを発見してしまったこと、そしてそれが歌いかけてくる気がしている為です。
彼は単純に居を返ればこの症状からも脱出できますが、現在は原因不明なのでただ臥せっているだけなのです。
探索者が猫に興味を持った場合、英は最初に表から逃げていった猫を「トラ」、今腕に抱いている猫を「ワガハイ」だと紹介します(夏目漱石の『吾輩は猫である』は、明治38(1905)年から翌年にかけて雑誌「ホトトギス」に連載されています)。
英と話している最中、突然、どこからともなく歌声が聞こえてきます。
その『唄』は、黒澄綾の音楽を思わせるものだった。
綾の音楽とは似ても似つかない、彼女の音楽からは何億光年も遠いことは確かだったが、その歌声が想起させるのは黒澄綾のそれであるとともに、安藤雪子の音楽でもあり、オペラ座館で聞いた『黄衣の王』の一節でもあり、そして例の『異次元通信機』から聞こえてきた音にも似ているようにも思えた。
それは、異界の、あるいは星界の音楽の一つだった。
この異界の歌声を聴いた場合、0/1の正気度を喪失する可能性があります。
ここで、《芸術:(音楽に関連するもの)》か、《聞き耳》、あるいは《アイデア》によって、この歌声が二重に響いていることが分かります。ただ、ほぼ同じ歌声が二重になっている為に、二人が歌っているのか、一人が声楽の技術によって二重に聞こえるのかは判断はできません。
この歌声に、オペラ座少女歌劇団のメンバーもはっとしてざわめきます。
「音楽の天使!」
はっきりと星川が口にします。
「音楽の天使?
ああ、そうかもしれない。あれは、時々、聞こえてくるものなのです。どこか、この近くにあの歌声の持ち主が住んでいるのでしょう。
1ヶ月ぐらい前から歌は聞こえてきていたのですが、ここ最近、急に天使の歌声とでも形容しましょうか。まるで星々の歌声、天球音楽を想起させるような、そんな音楽になっていったのです。
音楽の天使、確かにそう呼ぶのが相応しいのかもしれません」
この歌声を聞いた後、少女歌劇のメンバーは神妙な顔をしたまま、お互いの顔を見合っています。
オペラ座少女探偵団、結成
英の住む長屋から出て少し歩いたところで、それまで神妙な顔をしていた星川が口を開きます。
「あれは、あの歌声は、音楽の天使の声に似ていた。
オペラ座の怪人。音楽の天使。
その正体に興味があるね」
「言うと思ったわ。星川なら、その後、きっと正体を突き止めてやる、と言うでしょ」
「その通りよ。
あの歌声、その持ち主がどんな人であるか。興味が無いなんて言わせはしないわ。そうでしょ?」
「それはそうだけど、何か穏やかじゃないこと考えてない?」
「いいんじゃないかしら、今は劇場も休館中で暇なんだし」
「危ないことでないなら、賛成」
メンバーの意見を聞いた星川は、不敵な笑みを浮かべます。
「よし、ではここに『オペラ座少女探偵団』の結成を宣言する!」
この場面において、探索者が置いてきぼりになる可能性があります。会話に積極的に絡めていって、少女歌劇団の企みに巻き込まれているようにするとよいでしょう。もちろん、『音楽の天使』に興味を示していることが前提になりますが。
女学生探索者も協力するとか、あるいは好意的な意見を述べた場合は自動的に探偵団のメンバーに見なされて、彼女らから何らかの連絡が取られることになります(主に、少女歌劇団のメンバーが直接出向いてくるか、オペラ座館や浅草のどこかで顔を合わせることになるのですが)。
キーパーへ:(わりとどうでもいい情報)
ここで登場しているオペラ座少女歌劇団のメンバー、星川、月野、深雪と、登場していない千鳥は基本的に苗字の呼び捨てで相手を呼びます。
これは彼女らがお互いに敬意を払っている為に苗字で呼ぶものの、それに敬称を付けると他人行儀である為に呼び捨てにしているという複雑な経緯があります。
ちなみに、年下の団員は彼女らを名前+お姉さまのように呼びます(深雪は銀子ねえさん、姐御と呼ばれることも多いですが)。
オペラ座少女探偵団の結成宣言の後、別れ際に星川が女学生探索者に向かって言います。
「しかし、最近物騒でいけないね。
この辺りでも、女の子が襲われるような事件があったらしいから、気をつけて」
「ああ、それ変な噂があるわ。
何か虫みたいな人みたいなのがうろついていて、人を襲う、って」
また、少女達が姦しく話し始めます。それは、浅草の辺りにまるで人と昆虫を掛け合わせたかのような存在がうろついており、それが何故か少女を襲っているというものです。
「まあ、よかったよ。
それでなくとも、あそこら辺は若いお嬢さんは危ないんだから。帰りはあっちの方を市電が通っているところまで出れば、大回りになるけれど安心だ」
通りを指差しながら、星川が言います。
そして、「私たちの寮はあっちだから」と、彼女らはまた別の方角へと去っていきます。
彼女らは慣れていることもありますが、少女達だけの場合は昼間の時間帯にここを通り抜けに使っており、夜、劇場から戻る時は必ず劇団員が付き添っています。
探索者が『大地返歌事件』において、近衛の屋敷を訪れたことがある場合、《ナビゲート》か、INT×3に成功すると、それが英の長屋からそう遠くない場所にそれがあることに気が付きます(近衛の屋敷はすでに無人となっており、近衛自身は言うに及ばず、綾も全く寄り付いていません)。
貴婦人と美波、そして浅草の猫達
女学生探索者がオペラ座少女歌劇団のメンバーと分かれた後、教えられた道を大通りの方へ歩いていくと、見覚えのあるふさふさとした白い毛並みの体格の良い、青い目の猫を見かけます。
レディ・ワイルドは探索者には一瞥も与えず、路地を進んでいきます。その先には、常と異なり男装の洋装をした少女、千鳥美波が立っています。
探索者に気が付いた千鳥は軽く頭を下げます。そして、レディ・ワイルドには深く頭を下げます。
そして、まるでそのレディ・ワイルドを出迎えるかのように路地には多数の猫が控えていることに気が付きます。よく観察すれば、その中には英が飼っているトラとワガハイも混じっていることに気が付きます。
ここで探索者が強いて猫に嫌われるような行動を取った場合や、『二重幻想舞台』においてレディ・ワイルドの援軍がある場合に猫に嫌われている場合等を除いて、《幸運》を行なってください。
成功した場合、浅草に居る猫達の間にその探索者は「猫に友好的である」という情報が伝わります。キーパーはこのスレッド内で猫に友好的な探索者の有無を記憶しておくようにしてください。
レディ・ワイルドは、美波の元まで悠然と歩いていき、その前で一声鳴くと千鳥は彼女を抱き上げて裏路地へと消えて行きます。
音楽の天使(?)を探る
女学生探索者が英の長屋で聞いた歌声について調査を行なう場面となります。
キーパーの判断や、シナリオの進行によっては、この場面はすでにオペラ座少女探偵団が調査を行なっており、探索者と情報を共有するのみとしてもよいでしょう。
英の近所で聞き込みを行なった場合に、下記の情報を周辺住民から得ることができます。キーパーは探索者の調査手段に従って、適当なコミュニケーション系のロールを行なわせてください。
これは特に秘匿されるような情報ではない為、キーパーの判断や探索者の話の持って行きかたでロール自体を省略したり、+20〜40%の上方修正を行なってください。
また、オペラ座少女探偵団の少女達は付近住民との関係は良好である為、彼女らを連れていることでさらに修正を行なったり、単純な調査のヒントを与えるのもよいでしょう。
(女学生探索者を含めると探偵団は4人になる為、ツーマンセルで誰か一人と一緒に調査に行くことになる、とするとよいでしょう)
・歌声について
聞こえてくる件の歌声は、このあたりの住人が等しく聞いている。
歌声自体は1ヶ月ほど前から聞こえていて、多分明石の家ではないだろうか。
ここ最近、急に上手くなったのか、あの歌声がすると近所も静まり返ってしまう。
・明石家について
英の長屋から程近い場所にある。
前は空き家同然で、たまに入っていく人を見かけるだけだったが、1年ぐらい前から急に一人の少女と、いわゆる雇いの姐やが居るのを見るようになった。
経済的に不自由なようには見えないので、どこかの華族の隠し子とかそういうのかもしれない。
・明石家の少女について
あまり外出するところを見たことが無いが、手足の長い、大柄な、不健全な白い肌の少女である。
外出する際は基本的に姐やを伴っているが、たまに自動車でどこかへ連れ出されているところを見られている。
『音楽の天使』の探索
前段と同じく、オペラ座少女探偵団の少女達と一緒に行動することになり、また調査結果の共有を彼女らとすることになります(ここら辺は探索者の判断にもよりますが)。
キーパーは他のメンバーからもたらされる情報等として、この探索の期間を短縮することも可能であることを考慮してください。
彼女らとの打ち合わせはその寮か、あるいは浅草にあるカフェなどで行なっていることにするとよいでしょう。
本格的に『音楽の天使』の調査を開始した探索者に対して、キーパーは適宜その手段に合わせて情報を与えてください。
近隣住民に聞き込みを行なった場合、探索者の手段に合わせてコミュニケーション系のロールを行なってください。こちらもやはり、オペラ座少女探偵団の団員が居ると住民も友好的に接してきます。
あるいは、猫に好かれている場合、何故か猫が探索者の動きを補助するように難しい住民をどこかへ追いやったり、交渉の最中に気をそらしたりして、+20%程度の上方修正を得ることが出来ます。
・明石の家を調べる
《法律》か、あるいは単純に探索者の伝手でこの家が吉川家の持ち物であることが分かります(正確には吉川家の代理の者、なのですが、業界的には最早周知の事実、として教えてもらえます)。
この家を吉川家が手に入れたのは春子が嫁いだ後で、それ以降の持ち主はそのままになっています。また、住民に付いては特に登録等はされておらず、便宜上は空き家となっています。
《法律》が厳しい場合、単純に家の名義を調べる為に何らかの伝手を頼ることにしてください。その場合は単純に手間と謝礼がかかることにすると良いでしょう。
・現在の住民を調べる
近隣住民に聞き込みを行なった場合、以下の情報を得ることが出来ます。
この家には明石と表札が出ている為に、住むのが明石の姓を持っていると思っている。
1年ぐらい前から一人の少女とおそらく雇われの通いの姐やが居るのみで、それ以外の住民は見たことが無い。
それ以前はこの下町にそぐわない、まるで科学者のような人物が何人か出入りしていた。これらの怪しげな人物については、近隣住民は目撃したのみである為、その目的などについては不明である。
家に居る少女や、通いの姐やは近所付き合いが悪く、まったく行き来がなく、家の内情を知るものは居ない。
通いの姐やも極端に付き合いが悪く、まるで隠れるかのように出入りしている。やはり、華族の隠し子だったり、お姫様だったりするのではないか。
直接、その明石の家を張り込むなどした場合、《隠れる》(猫に好かれている場合は+40%の位置取りを教えてもらえます)か、オペラ座少女探偵団の団員に相談すれば近隣住民の軒先を借りてきます。
明石の家を見張っている場合、朝の早い時間帯、日暮れであれば出入りする通いの姐やを目撃することが出来ますが、それ以外では一切の動きはありません。まったく外出する様子も、訪れる人もいないことが分かります。たまに御用聞きのような外の雑用を請け負う人物がたまに裏口を訪れるだけです。
(キーパーの判断で、後段の「音楽の天使(?)に遭遇する」を行なうと良いでしょう)
《隠れる》に失敗するなど、張り込みが丸分かりの場合は近所を巡回する巡査に発見され、怪しげな人物、あるいは家出娘のような取り扱いを受けて、その場からの退却を強いられます。
・『唄』について、その影響
英の家で聞こえた『唄』について近隣住民に聞き込んだ場合、以下の情報を得ることができます。
1ヶ月ほど前から急に今のような『唄』になった。それまで、確かに何か歌声のようなものが聞こえることはあったけれど、それほどはっきりと聞こえてくるものではなかったし、今のようなものではなかった。
聞こえてくる『唄』は最初はショックを受けたが以降は特に気にしていない(具体的に言うと、正気度を1点失った時点で慣れてしまうものなのです)。
不気味ではあるが不愉快というほどでもなく、うるさいということもなく、人によっては何故か落ち着くとか、落ち着かないとか言う。この『唄』が聞こえてくると猫たちもいっせいに静かになる。
近所に三味線やら長唄やらの師匠も居ることもあり、そういった街中に溢れる音の一つに過ぎない。
ただ、たまに夜中でも構わずに歌っていることがあり、それだけは勘弁して欲しい。
・明石家、その位置
探索者が何度か明石家とその周辺の調査を行なっている場合は自動で、英の家や近衛の家との位置関係を気にした場合は、《ナビゲート》を行なってください。
成功した場合、明石家の位置は浅草六区から程近いだけでなく、英の家からも近く、近衛の屋敷からも近いことに気が付きます。
また、風向きによっては浅草公園方面からの音が流れ来ることもあり、日常生活の中に様々な音が溢れていることに気が付きます。
・雇われ姐やに近付く
明石の家に出入りしている姐やに近付いた場合、彼女は通常のコミュニケーション系のロールは通用しません。また、あらゆるコミュニケーションを無視しつつ、どこか卑屈な、下世話な雰囲気が漂っており、金で雇われている人間であることが明白に分かります。
唯一通じるのは現金による賄賂のみです(キーパーの判断によっては《値切り》を行なっても良いでしょう)。
賄賂を渡すことで、急に口が軽くなります。姐やから得られる情報は以下の通りです。
「自分は金で雇われているだけで、それ以上でも以下でもない」
「家に居るのは、さる高貴な筋のお方」
「時折、『唄』を歌うが、それが何かは教養の無い自分は理解できない」
「少し前まではたまにさる高貴な筋の方の使いの人が来ることもあったが、今は全く来なくなった」
《値切り》か、さらに賄賂を積めば、さる高貴な筋、というのが吉川家である、ということを明言します。
・猫を目撃した後
この探索の期間に猫を目撃したことをオペラ座少女探偵団での打ち合わせ上で話した場合、以下のような会話が彼女らの間で行なわれます。
そして、何故かこの場にも猫がちょこんと居座っており、月野がよくちょっかいを掛けています。
「あー、もう、支配人は劇場で猫を飼うのは縁起のよいことだ、みたいに言ってたけどなあ」
「まあ、猫のせいってわけでもないでしょう」
「そうそう、近衛さんが逃げちゃったし、毛利さんの方も前の事でもう降りるみたいになってるらしいし」
「今もってオペラ座館は休館中だし、資金繰りには問題は出るし」
「前途多難だわね」
探索者が近衛について尋ねた場合、彼は大陸のほうに行くとか言う話で、すでに浅草辺りでは見かけなくなったという話になります。
また、オペラ座館についても前回の事件から休館中であり、このままでは閉館になる可能性もあり、オペラ座に所属する役者や楽団員達も気を揉んでいると聞けます。
「ああ、そういえば、デカ猫をまた見たよ」
「あ、私も」
「そういえば、千鳥も」
「あー、なんかあの猫と一緒に居るよね」
「マイ・レイディとかよく言ってた気がするね」
「ふむ、我が女王か。尼子支配人もそんなこと言ってなかったっけ?」
レディ・ワイルドを目撃した少女達はまた適当な話をします。
彼女らは特に千鳥と仲が悪いわけではないですが、彼女が今何をしているかは知りません。また、美波は少女歌劇団の中でも謎が多い人物であり、劇団の外では何をしているのかは全く誰も知りません(猫と戯れていること以外は)。
千鳥は実は浅草周辺ではなく、京橋の辺りに住む割りと品の良いところのお嬢様です。これが何故か浅草辺りに出ていた曲馬団に憧れて軽業などの雑技を身に付けつつ、伝手を頼ってオペラ座少女歌劇団に所属しています(このことを知っているのは支配人の尼子だけです)。
明石の家、音楽の天使(?)に遭遇する
事前の調査で教えられた辺りに行くと、寺町の中でも比較的閑静な場所、英の長屋や、オペラ座少女歌劇団のメンバーの寮からさほど遠くない場所で、明石の家であろう邸宅を発見できます。
周囲の家々と比べてもさほど立派なものではありませんが、不自然ではない程度の高めの生垣があり、雨戸の類もしっかりとして外界から隔絶しており、外観からおそらく2、3部屋程度の日本家屋であり、よくある風雅な妾宅と言えるような印象を受けます。少し変わっているのは小さな茶室風の離れがあることですが、こちらは雨戸が完全に締め切られて、そちらに続く庭の飛び石も荒れており、長い期間使われていない印象を受けます。
探索者が周辺をうろうろとしていると、英の家で見た猫、トラが探索者を誘導するように生垣の低い方へと歩き始めます。
そのタイミングでまた、例の歌声が聞こえてきます。近くで聞くとそれははっきりと黒澄綾の歌声とは異なるものの、やはりそれに似た異界の音楽を現すものであることが分かります(前回、正気度を喪失していない場合のみ、0/1の正気度を喪失します。ここで聞こえる『唄』は、最大1点の正気度しか喪失しません)。
この音楽を間近で聞いた探索者は、これまでのシナリオ『天球賛歌事件』『大地返歌事件』『二重幻想舞台』『帝都狂想曲』で聞いたすべての音楽に近く、そして遠いものであることに気が付きます。
低くなっている生垣から明石の家を覗けば、雨戸の開け放たれた縁側に腰掛けた少女が、『唄』を歌っているのを目撃します。
少女は噂の通り、ひどく色の白い不健康な肌(黒澄綾のような)をしていますが、黒澄綾とは異なり茶色に近い髪に、濃い茶色の瞳をしていることが分かります。つまり、黒澄綾とは似ても似つかない外見をしています(オペラ座少女探偵団の少女達は黒澄綾に直接会ったことはありません。この為、外見で音楽の天使であることを判断はできません)。
《隠れる》等で気付かれないようにしていない場合、自動的にその少女は探索者の存在に気が付きます。
探索者に気が付いたその少女、明石耀は歌うことを止めて、少しだけ驚いた顔をして探索者を見詰め返します。
探索者の反応によりますが、彼女はすぐに頭痛がするかのように額を押さえて、軽く頭を下げるようにしてから奥へと引っ込みます。以降、しばらく待っても戻ってくる様子はありません。
(無いとは思いますが、探索者が明らかに不審な行動を取った場合、以後、澄、耀から不審者として認識されるようになります)
狙われた少女
この場面は明石耀に遭遇した後で、夕刻にオペラ座少女探偵団の活動が終了して、彼女らと別れて探索者が帰途に着いた後に発生させてください。
十二階下を避けて大通りを歩いている探索者の前を、浮浪者のような若い男、少年と言ってもよいような年恰好の男がふらふらと歩いていることに気が付きます。浅草周辺ではこういった人々を見ることは珍しくないのですが、酔っ払いか何かというよりは意識を失いかけているような足取りに思えます。同時に、さらにその向う明石澄がこちらに向かって歩いていることに気が付きます(この時点では、探索者はそれが澄だとは分かりませんが、とにかく明石の家に居た少女と同じと思われる人物が居る、としてください)。
明石澄の方はこの男には全く気をかけていません。そのまま、脇を通り過ぎようとした瞬間、男が呻くような声を上げながら、彼女へ倒れこむように抱き付こうとします。
ここで《聞き耳》に成功すると、男の呻きの中に「女王」という単語を聞き取ることができます。
明石澄は突然のことに固まってしまい、恐怖の表情を浮かべていますが、さしたる抵抗をしていません。探索者が彼女を助けようとそちらへ近付くと、男は澄を突き飛ばし、自身の頭を抱えて意味不明の絶叫を漏らします。キーパーは以下の描写を行なってください。
背後を向けている男の後頭部がゴム毬が破裂するように裂けた。だが、そこからは一滴の血も出ていない。
まるで作り物の人形でも割くようにばりばりと音を立てながら、裂け目が縦に広がっていき、おそらく服の下に隠れているであろう背中にまで広がっていく。
やはり、全く血は流れていないが、その代わりに白っぽい粘り気の強い液体が湯気を上げながら、その裂け目から漏れ出している。
そして、その裂け目が横に広がりはじめ、まるで脱皮するか、蛹を破るかのようにその下から昆虫と人間を掛け合わせたかのような姿が滑り出る。
そいつは巨大な複眼、耳と鼻はなく針のような形をした口吻を持っており、昆虫と同じような多間接の四肢に、玉虫色に輝く外骨格を備え、背中には翅らしき白いねじれた塊があって、いずれそれは昆虫のような大きな透明な羽になるのであろうと思われた。
蛹を破ったばかりのそいつは、ぬめぬめとした粘液を滴らせ、元は人間であった殻を引き摺りながら、こちらを振り返った。
このシャッガイが人間の身体を破る様を目撃したことによって1/1D6、現われたシャッガイによって0/1D8の正気度を喪失します。
シャッガイは殻を破ると同時に、探索者に襲い掛かってきます(通りには探索者以外に目に付く人間は明石澄だけです)。
このシャッガイはまだ蛹から孵ったばかりである為に、飛行は出来ず、装甲は柔らかく、口吻から酸を吐くことも出来ません。ただし、このシャッガイを近接武器で攻撃した場合、妙に柔らかい手応えに加え、昆虫と人間のものが混じったような体液が染み出すところを目撃する為、1点の正気度を喪失します(シャッガイによって喪失する最大8点は超えません)。
ここで探索者が気絶、狂気に陥るなどしてまともな行動が取れなくなった場合は、千鳥と猫達が助けに現われます(この場合は最早NPC同士の戦闘となるので、さっさと片付けた、と済ましてしまうのが良いでしょう)。
シャッガイ、下級の独立種族
STR 12 CON 12 SIZ 13
INT 13 POW 10 DEX 15
耐久力 13 移動 4 DB ±0
武器:
かぎ爪 35% 1D4(毎ラウンド、両手の2回。翅がまだ飛行できる状態でない為)
装甲:
キチン質の殻 0点(蛹を破ったばかりでまだ柔らかく、装甲としては役に立たない為)
このシャッガイは逃走しません。耐久力が0になるまで戦闘を続行します。《生物学》か、《アイデア》の1/2に成功した場合、この昆虫人間が、まるで澄を探索者から守ろうとしている働き蟻のようにも思えます。
シャッガイの耐久力が0になり倒れると、その身体は嫌な臭いを発しながら溶け始め、最後には粘液質の水溜りになってしまいます。
これら異様な光景を目撃した澄は、戦闘開始とともに気絶しています。《医学》、《応急手当》に成功すれば即座に意識を取り戻しますが、しばらく時間を置いても自動的に目を覚まします。
目を覚ました彼女は、自分が探索者に助けてもらったことを理解すると、深々と頭を下げて礼を言います。そして、自分は近くに住む明石澄であると名乗り、今日は自宅に戻らなければならないが、改めて御礼をしたいと言います。
探索者が強いて断らない限りは、別の日に彼女の自宅に招かれることになります。
このことをオペラ座少女探偵団で相談すれば、良い機会だから、乗り込んでみよう、という話になります。
明石家、饗応
ほどなくして、探索者は澄から連絡を受けます。あるいは、明石の家に赴いたときに、生垣越しに日付を指定されます。
(オペラ座少女歌劇団のメンバーに話をしている場合は、彼女らも同行します)
その日に、明石家へ赴くと、そこには全く同じ服装の全く同じ顔、背格好の少女が二人居ます。まるで鏡に向かって立つようなほど似通った双子の様子はめまいを覚えるほどです。唯一、締めている帯の色だけが異なっており、いたずらっぽく微笑んだ澄は、「改めて、自己紹介をしますね。私は明石澄と申します。こちらは耀です」と紹介します。
双子を見た探索者はその異様なほど似ている容貌に対して《アイデア》に成功すると、この双子の相似がこれまでの経年による差異が全く無いという異常さに気が付き、0/1の正気度を喪失します。
二人は探索者達を家の居間へ案内し、そこには人数分の仕出し弁当が用意されています(ちょっと高級なものです)。
「本当なら私が手ずから料理でも作っておもてなしをしたいのですけれど、そういったことは苦手で」
二人は笑い合いながら言います。
「あの日は本当にたまたま一人で外出をしていて、あんなことに巻き込まれてしまって」
席に付くと、二人は深々と探索者達に頭を下げて改めてお礼を言います。
硬い雰囲気でこの場は始まるのですが、双子は探索者達に非常な興味を示し、まるで幼子のように話をせがんできます。
様々な人間のタイプに慣れているはずのオペラ座少女探偵団の少女達もこの双子には手を焼き、会話がいまいち成り立っていないのですが、それにも拘わらず、双子はそれこそ幼子のように喜びます。
この様子を見た探索者は、《心理学》、または《アイデア》によって、双子が世間知らずを通り越して全く社会と関わっていないということが分かります。この為に、一般的な事柄は知識として知っているだけでどこか別世界の出来事のように思っており、他人とのコミュニケーションも一方的なものになりがちになっていることが分かります。
失敗した場合は、単純に世間知らずのお嬢様であると認識します。
注意深く双子を観察した(あるいは、彼女らの相手を積極的にした)場合、特にロールの必要なく彼女らの一人称の「私」が区別なく二人を指す事に気が付きます(つまり、彼女らは「私たち」とは言わないのです)。
また、キーパーの判断によって、《精神分析》に成功した場合、彼女らの正気度が極めて低いことに気が付くことにしてもよいでしょう。
彼女らから聞きだせる内容は以下の通りです。
なお、この場面で得られなかった情報は以後、明石家を訪れることで入手させていくとよいでしょう(探索者が疑問に思ったことは、本人にぶつけていくと言う形で)。
・何故あの場に一人で居たのか
澄は困ったような顔をした後に「実は、家を抜け出していたのです。普段ならすぐに連れ戻されるのですけれど、ここのところはこの家から離れても、あまり怒られなくなりました」と言います。
前までは吉川春子の手の者の監視がこの双子には付いていたのですが、春子派の壊滅に伴い、監視の目が緩んでいます。この為、澄が家を抜け出しても連れ戻されることもなく、遠くまで行ってしまったのです(耀、澄は異常に記憶力がよく、自身が歩いたルートをそのまま戻ってこられる為、迷うことはありません)。
彼女らは家に閉じ込められているのにあまり疑問は抱いていません。また、監視についてもそれが吉川春子の配下であることも知らず、誰であるということも気にしていません。
・離れや、家の中について
双子はまるでそんなものがこの家にあったかという表情を浮かべます。そして、「あ、ああ、離れですね。あそこには入ってはいけないと言われています」とだけ答えます。
彼女らは実際に入ったことが無いうえに、条件付けによって生活のうえで離れには全く興味を持たないようになっています。
他に家には特に変わったものはありませんが、立派な書庫がありそこには様々な種類の書物が多数収められています。
・家に居る人物、他の家族について
彼女らはいたずらっぽく微笑むと「実は今日は姐やがたまたまお休みなのです。それで、皆さんをお招きしたのです」と言い、「この家には私以外は誰も住んでいません」と答えます。
他に家族についても、彼女らは不思議そうな顔をしながら家族が他に居ないことが何かおかしなことだろうか、と逆に尋ねてきます。
(この話題については、オペラ座少女探偵団の少女達も口が重くなります。彼女らも家族と同居しておらず、寮で暮らしているのですから)
・過去のことについて
彼女らは1年ほど前からこの家に住んでいる、と答えますが、それ以前のことについては、覚えていないと答えます。
この点を追求した場合、「そういえば、確かに1年以上前はどこに住んでいたのか、覚えてないですね」と、変わらぬ様子で答えます。
ここで、過去のことを根掘り葉掘り尋ねても、やはり1年以上前のことに付いては覚えていません(そして、1年以内のことについては大した事件もなく、この家で暮らしていただけです)。
探索者がこの点に突っ込んだ場合は、彼女らの記憶が1年以上前は失われていることに気が付きます。そして、やはりこれを双子に指摘しても、記憶が無いことがそれほど重大なことだろうか、と聞き返されます。
(この話題についてもやはりオペラ座少女探偵団の少女達も口が重くなります。彼女らも過去のことをあまり語りたがらないからです)
饗応も終わり、家の外まで見送りに出た双子は別れ際にまた訪ねてきて欲しいと言います。探索者達とオペラ座少女探偵団は彼女らにとって初めての外部の人間との接点となったのです。
帰る道すがらオペラ座少女探偵団の少女達は、双子のことを以下の様に評します。
「噂どおりのお姫様だったね」
「世間知らずの度が過ぎる。本当の子供を相手にしているようだ」
「うーん、何か、引っ掛かるんだよね、あの子たち。
たまにこちらの話に対して、何も考えずに返してくることがあるし」
「あ、それは思ったわ。まるで時々、話すカラクリ人形みたいになる気がする」
「親の保護が行き過ぎているんじゃないなか。誰かに言われたことを素直に聞くような」
探索者も双子との会話では違和感を覚えます。
それは彼女らが、あの家で暮らしていることや、記憶が無いことに対してあまりにも何も感じていないことが分かる為です。これは双子に対して施された条件付けの結果です。
オペラ座少女探偵団の少女達を別れ際に、星川が再び宣言します。
「うむ、あの双子は音楽の天使ではない。
しかし、何らかの繋がりがあるはず。もう少し探ってみよう」
この星川の様子を受けて、深雪は苦笑しながら呟きます。
「ふふん、素直じゃあないね。まあ、いいけどさ」
双子の『唄』
どこかのタイミングで、あるいは前段の饗応の場でもよいでしょう、間近で彼女らの歌を聞いた場合、《芸術:(音楽に関するもの)》か、《アイデア》によってそれが黒澄綾の音楽、安藤雪子の音楽、異世界通信機、黄衣の王、ミサ・ジ・レクイエム・ペル・シュジャイの影響下にあり、そして独自の異世界の音楽であることに気が付きます。
あるいは、ここまでこのキャンペーンシナリオに参加している場合は、自動的に気が付くとしても問題ありません。ただし、その場合はその影響下にある音楽であることを想起する為に、1/1D3の正気度を喪失します。
つまり、過去、浅草において奏でられたこれらの異界の音楽の全ての影響を、この双子は受けているのです。
この音楽は、綾や雪子のように傑出した特異なものではなく、『唄』の為に製造された彼女らの強い感受性と、音楽への適応力が生んだようなものです。
歌い終わった双子は、どちらからともなく「この『唄』を歌っていると、不思議と心が落ち着くの。最近私は頭痛がよくするのだけれど、歌っていると自然とよくなるわ」と言います。
すでにこのスレッドが後半以降まで進んでいる場合(すでに探索者が離れの地下実験室を覗いている等)、耀は「これが私達の楔になっているのよ」と呟きます。
双子の苦悩
双子から饗応を受けた後、探索の後半部に入ってからこの場面は行なってください。
明石家を訪れるか、あるいは彼女らがこそこそと外出しているところに出くわしたりして、珍しく別々に相談を受けます。
この双子と付き合いを深めていくと、耀は明らかに自己と他者との相違をはっきりと認識し、どことなく苦悩するような表情を浮かべるようになります。そして、輝は以前は「私」と言っていたところを「私達」と言うようになります。
耀からの相談:
「澄もそうだけれど、私達はよく頭痛がするの。
ただ、最近は私の方がひどくって。たまに起き上がれないこともあるぐらい。
「そういうときは決まって、前夜に夢を見ているわ。
それは、…それはよく覚えていないのだけれど、多分、私が澄を殺してしまう夢なの。
そして、それが本当のことになってしまう、そんな気がして、とても不安」
これは解決策のある話ではないので、耀は言った後にはっとして「聞いてくれてありがとう」と言い、この話題を切り上げます。
澄からの相談:
「最近、耀の様子がおかしいのです。
頭痛がひどいようでもあるのだけれど、たまに朝起きてから怖い顔をして呆けていたりして。
具合が悪いのかと聞いても『なんでもない』としか言ってくれないし。
「ここのところ、家の中でも耀が私を避けているように思えて、ちょっと気詰まりなの。今日も気分転換みたいなものかな。
耀のことで、何か気付いたことはない?」
探索者が先に耀から相談を受けている場合は、悪夢のことを話す可能性がありますが、その場合、澄は苦笑した後に、「ああ、それは私も同じ。でも、夢でしょ?」と気楽に言います。
探索者のアドバイスに対して、澄は屈託なく頷き、気楽にそれをやってみると言います。
この二人に対して《精神分析》を試みた場合、彼女らの正気度を回復させることは出来ませんが、この双子がその精神の強度に比べて何故か正気度が低く、耀は澄に比べてさらに正気度が低いことが分かります。
吉川春子の遺産、地下実験室
明石家の離れの扉の鍵を破壊するか、《鍵開け》で対処し、その後、さらに離れの部屋で《目星》に成功することで畳の一部が簡単に上がり、その下に地下へと続く階段の落とし戸を発見することが出来ます。
(それ以前に、明石家の人間はここに立ち入ることを許さない為、耀/澄を《説得》するか、あるいは夜半に忍び込む等の対応が必要になります)
猫と仲が良い場合、明石家の付近でトラとワガハイを目撃します。
彼らは探索者を見ると、しばらく逡巡した後、誘導するかのように探索者の方を繰り返し振り返りながら、明石家の裏手へと進んでいきます。
探索者が彼らの誘いに乗った場合、明石家の離れの裏手へ誘導されます。そこで離れの壁の下の方の板が腐っており、猫が出入りできる大きさの穴が開いていることに気が付きます。二匹はその穴から中に入り込んだ後、鳴き声を上げて探索者を呼びます。
この腐った板を調べれば、かなり痛んでいる為に苦労することなく外れることが分かります。そして、そこからは離れの地下にある部屋を見ることが出来ます。
入り込むには特にロールは必要ありませんが、部屋に下りる為に、その暗さと段差によってDEX×7のロールに失敗すると地下室へ落下してしまい1D6のダメージを負います。何らかの補助や、灯りを先に用意した場合はDEX×10まで軽減されます。
その地下室は『帝都狂想曲』で見た、小石川後楽園、東京砲兵工廠の地下で見たシャンの実験室のような部屋ですが、こちらは機械的な装置はあまり置いておらず、空になった水槽や、人が入れそうなほどの大きさの円筒形の水槽が二つ置かれています。
ここは春子派からも忘れ去られた実験場所であり、双子の誕生後は破棄、放置されています。部屋の中は埃がかなり積もっており、しばらく使われた形跡がありません。装置の電源類も落とされており、探索者の操作に対して電灯は言うに及ばず、あらゆる装置が反応を示しません。
水槽を調べた場合、すでに何も入っておらず乾き切っているのですが、前は何か生物が入っていたと思しき生臭い香りの痕跡を嗅ぐことができます。そして、『帝都狂想曲』でこの水槽を見ている場合は、例の人と昆虫を混ぜたようなものの卵が入っていたのではないかと思い至ります。
部屋の中で最も目立つ、円筒形の大きな水槽も同じく空で乾いています。こちらはよく調べると、それぞれの水槽に「Queen,1」「Queen,2」という識別の為のラベルが貼られていることが分かります。そして、この円筒形は大体人一人分が入る大きさであることにも気が付きます。
家捜しをした場合は、ここに本来あるべきもののほとんどがすでに持ち運び去られており、手掛かりらしい手掛かりが無いことが分かります。
《目星》に成功した場合、機材と壁の隙間にノートが隠されていることに気が付きます。ノートをハンドアウトとして探索者達に提示してください。
このノートはおそらくこの場での実験記録であり、私的なものであったようですが、しっかりと整理され、読みやすい日本語で書かれており、特に《日本語》等のロールは不要です。ノート自体はそれほど古くなく、使いこまれた様子もない為、ここ1年以内に使われていたものであることが分かります。
この実験記録を読んだ後、《アイデア》に成功するとこれが例のシャッガイの培養の記録であることを認識し、1/1D4+1の正気度を喪失します。失敗した場合は、何か生物の成長記録ぐらいにしか理解できません。
《アイデア》に成功した後、さらに《生物学》か《知識》/2に成功すると、蜂の巣に女王蜂は一匹しか存在しないのは周知の事実ですが、新たな女王蜂を生む際には二匹生み、誕生と同時に殺し合いを始め、生き残ったほうが巣の女王として君臨することに思い至ります。
また、《追跡》か、《目星》に成功した場合、この地下実験室に最近誰かが立ち入った形跡を発見することができます。その形跡は探索者達と同じく、実験記録を読んだように思われ、そして発見した跡から、おそらく耀か澄であることが分かります。
先頭の方にあるメモ書き
あれの女王。
これが我々の後継となる種族なのだろうか。それとも奴隷として使う気なのか。
気紛れな生体実験の一つなのか。
このような醜悪な生物を作り出さねばならないとは。
あれの女王は、女王蜂と同じだ。
6月2X日
二匹ともほぼ同時に孵化。
人間の赤子と変わらず。特に差異なし。予定通り、培養槽へ移す。
7月X日
培養は順調。予定通りの成長を見せる。
脳の形成がある程度と進んだ後、基礎的な記憶を刷り込む予定。
7月X日
人間で言えば5歳程度まで培養された。
問題なし。知性は皆無なれど、すでに『唄』を歌っている。
7月1X日
記憶の操作の開始。
焼付けである為、教育とは異なる。すでに別個体にて実験済みである為、効果は確認済み。
7月1X日
記憶の焼付けにより、一時混乱を来たす。
『唄』によって安定した?因果関係は不明。
7月1X日
歌うことによって安定する。
『唄』により効果は異なるよう。より安定する『唄』があるのか?
7月2X日
大体13〜15歳程度まで培養。これ以上は脱皮の可能性がある為、培養は止める。
二匹の差異はやはりなし。あまりにも同じである為、人間としては不自然。
引き続き、記憶の定着を実施。
やはり、『唄』を歌うことによって安定しているようだ。
7月2X日
予定通り、培養槽より引き上げる。
しばらく意識戻らず。
まただ、意識もないのに歌っている。
記憶の封印、書き換え。指示どおりの条件付けを実施。
8月X日
至って健康。正常。
引渡し。
月に向かって飛ぶ
不気味なほど巨大な月が夕方から昇っています。そんな時間に、女学生探索者は明石澄から呼び出しを受けます。
呼び出された探索者や、オペラ座少女探偵団の団員に澄は「耀が居なくなったの。探してください!」と訴えます。
昨日の昼ごろから耀の姿が見えておらず、一晩明かした後も帰って来なかったことから、澄は一人で探していたのですがやはり見付からず、探索者やオペラ座少女探偵団を頼ったのです。
とは言うものの、特に手掛かりはありません。時間だけが過ぎて行き、陽が落ちるに従って、月は高く昇り、そしてそれは不気味な赤い月に見えます。これに気が付いた探索者は0/1D2の正気度を喪失します。
探索者達が浅草を捜索していると、何故か猫達がうろうろしているのが目立つことに気が付きます。普段は人ごみを避けているはずの彼らが、人ごみの中にも見ることが出来ます。
陽が落ちた後、探索者の下にワガハイとトラが現われます。やはり探索者を導くように、そして今度は急ぐように促します。その先には十二階があり、同じように猫に導かれたオペラ座少女探偵団の少女達が待っています。
十二階は建設当初は帝都一高い建物として持てはやされましたが、この時期には訪れるものも少なく、陽も落ちれば単なる十二階下への目印ぐらいにまでになっていました。
十二階にはほとんど人気がなく、猫達が導く最上階、展望室にも全く人気がありません。探索者が最上階に到達すると、その窓の前に耀が立っています。
展望室には彼女の『唄』が響いていますが、いつものような調子ではなく、ひび割れた声が辛うじて聞こえてきます。
探索者に気が付いた耀は、振り返り、自身の頭を押さえながら絶叫します。
「もう駄目なのよ。
このままだと私は私ではなくなる。
そして、いつか、澄を殺してしまうのよ!」
いつも以上に激しい感情をあらわにした耀は、澄と探索者に喚き、窓に張ってある目の粗い金網を掴んで揺さぶります。
澄の方もその耀に当てられたのか、恐怖と驚愕の表情の中間のまま固まっており、探索者に促されても行動を起こすことが出来ません。
「だから、私はもう死ぬことしたの。
ここから、月に向かって飛ぶわ」
(一応、窓には金網が張ってありますが、その気になれば破って飛ぶことも難しくないか、あるいは耀が前に立つ窓の金網は破れていることにしてください)
彼女らの『唄』がその精神の安定になっていることを探索者が把握している場合、この場で澄に『唄』を歌わせることで耀は精神の平衡を取り戻させる可能性があります。
それには澄を落ち着かせるとともに、耀が飛び降りないように時間を稼ぐ必要があります。
キーパーは探索者の手段に合わせて適宜、澄にはコミュニケーション系の技能、耀にはそれに加えて《心理学》《精神分析》などを使って、これらの行動を判定してください。
時間稼ぎと、澄に歌わせることに成功すると、その『唄』に釣られ、耀も同じく歌い始めます。
赤い月の照らす十二階の最上階にその『唄』が満ちると、どこからともなく同じ『唄』が十二階の外、下の方から聞こえてきます。
この歌声を聞いた探索者は直感的にそれが黒澄綾のものであり、双子の歌うものの完全なものであることに気が付きます。
オペラ座少女探偵団の星川もこの歌声を聞くと愕然とした表情を浮かべ、「本当の、音楽の天使…」と呟きます。
これを受けた深雪が「本物の音楽、天上の歌声、天使の唱歌とでも言いたくなるわね」と、どこか諦めた表情で言います。
もしも、ここで十二階の窓から地上を覗いた場合、遠ざかる黒い男装の人影をはっきりと確認することが出来ます。
双子はこの歌声に気が付きますが、お互いを見つめあったまま、『唄』を続け、歌い終わると二人は手をつないだまま「帰りましょう」と探索者を促します。
キーパーへ:
ここで黒澄綾が登場するのはただの通りがかりです(彼女の音楽的なものに惹き付けられる霊感が、双子の『唄』に反応したのかもしれませんが)。このスレッドにおける黒幕ということではありません。
ただし、この黒澄綾の完全な『唄』が双子がシャッガイの女王に覚醒しない為の手段となります。
耀の説得に失敗するか、澄の『唄』が無い場合、探索者が次の動きを見せた瞬間に、耀は窓の金網を押し破り、飛び降ります。その様はまるで、赤い巨大な月に向かって飛ぶように思われます。
そして、落下が終わる前に彼女は脱皮が完了し、いずこかへと飛び去っていきます。
女王の争い
この場面は耀がシャッガイの女王となった場合に行なわれます。
耀が消えたことによりただでさえ不安定な澄の精神は限界まで磨り減っています。そんな彼女の様子を探索者が見に来る等した場合、この場面を行なってください。
また、キーパーの判断によって、この場面は行なわず後段の「音楽の天使を探す」、リンケージに流れるようにするのもよいでしょう。その場合は澄一人が救出の対象となります。
月に向かって耀が飛び、姿を消した数日後、澄がシャッガイに襲撃されます。
シャッガイの女王となった耀が、シャッガイ達を率いて女王の片割れである澄を消しに来たのです。
シャッガイの女王となった耀は無言のまま澄へと襲い掛かります(シャッガイは話すことは出来ないのですが)。
澄は愕然とし、抵抗する気力も無いように見えますが、ここで彼女に『唄』を歌わせた場合、シャッガイ側の動きを乱し、彼らの行動全てが-20%されます。
残された澄に対して探索者の扱いが悪かった場合で、キーパーの判断により澄がシャッガイの女王に覚醒する展開にしてもよいでしょう。
その場合は、シャッガイの女王である耀と対峙した場合に、以下の描写を行なってください。
シャッガイの女王となった耀の姿を見た澄は、頭を抱えるようにしてうずくまる。
搾り出すように、彼女は呟いた。それは諦めのようであり、何かが吹っ切れた、そんな調子だった。
「ああ、そう。
私は、私達は、そういうモノなのね」
いつか見た、シャッガイが人の皮を破って現われたように、澄の体はその諦めた言葉と共に裂け始め、その下からはぬめぬめとした粘液を滴らせた、昆虫と人を掛け合わせたような姿の怪物が現われる。
そいつは無表情な外骨格であるにも拘わらず、どこか悲しい雰囲気を漂わせていたが、女王としての本能が勝るとそれもすぐに消し飛び、耀であると思われる、自身と全く同じ姿へと一直線に襲い掛かった。
澄は変身を終えると、湯気の上がる体そのままに本能に任せて耀へと襲い掛かります。
この場面で、シャッガイの女王、シャッガイを目撃し、そして澄のシャッガイへの変身を見た場合を一連のものとして、1D3/1D10+1の正気度を喪失します。
このシャッガイの女王の争いをどうするかは探索者次第ですが、耀に連れられてきたシャッガイ達もこの戦いには手を出さず、決着を待ちます。
シャッガイの女王達は激しい攻防を見せながら、その口からはやすりを擦り合わせるような音を発しています。これは彼女らの『唄』のなれの果てです。
シャッガイの女王、下級の独立種族
STR 18 CON 15 SIZ 8
INT 20 POW 12 DEX 23
耐久力 12 移動 4/飛行 30 DB +1D4
武器:
かぎ爪 35% 1D4(毎ラウンド、両手両足の4回)
唾液 50% 毎ラウンド1D4+APP喪失
装甲:
キチン質の殻 4点
呪文:
『唄』(擬似呪文、特に効果はなし)
※耀、澄とも同じデータとなります。
シャッガイ、下級の独立種族
STR 13 CON 12 SIZ 11
INT 12 POW 11 DEX 16
耐久力 12 移動 6/飛行 20 DB ±0
武器:
かぎ爪 35% 1D4(毎ラウンド、両手両足の4回)
唾液 50% 毎ラウンド1D4+APP喪失
装甲:
キチン質の殻 4点
※シャッガイは手を出さなければ襲い掛かってきません。
この戦闘の後、生き残ったがどちらであれ、シャッガイの女王は探索者が構わなければいずこかへと姿を消します。
音楽の天使を探す
十二階の出来事の後、彼女らはお互い離れることなく、常にどこか怯えた表情をしながら過ごすことになります。
星川は、そんな双子を見ながら提案します。
「音楽の天使、あの人の『唄』なら、きっとこの子たちの助けになると思う。
「この子達の『唄』だって、音楽の天使から授かったものなんだ」
これに対して月野は、「でも、音楽の天使はどこにいるか分からないわ」と言いますが、星川は自信を持って答えます。
「間違いなく、あの人は仮面舞踏会に出てくると思うよ。
だって、オペラ座館の関係者なんだし、あれほど洒落が分かる人も居ない。絶対に、来る。
「そこで、この子達と音楽の天使を会わせよう」
この星川の意見は探索者の同意を得られなかった場合は、彼女らが勝手に行ないます。探索者が賛成した場合は、
リンケージ「仮面舞踏会」において、星川、月野他、オペラ座少女歌劇団のメンバーの協力を得られることになります。
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リンケージ『仮面舞踏会』の結果によります。
仮面舞踏会で綾と双子を会わせることに成功し、彼女から完全な『唄』を授かった耀と澄は、前ほど頻繁ではないですがその『唄』を歌うことで精神の平衡を得ると共に、シャッガイの女王へとなる恐怖を取り除くことができるようになります。
しかし、綾の『唄』は双子が一緒に歌うことが前提である為に、彼女らは離れられない運命を背負うことになります。
さらにその後はキーパーの判断によりますが、この双子は吉川春子の庇護をすでに失っており、震災後、どうやって生活を立てて行くのかにすら不安があります。
綾に会わせることに失敗するか、そうしなかった場合、双子は徐々に精神の平衡を失い、『唄』の効果も薄れ、シャッガイの女王に覚醒します。直接的に探索者にそうなる場面を見せるのもよいですし、後にそうなるであろうことを予測させるような双子との別れを演出するとよいでしょう。
耀がシャッガイの女王となった場合の、澄の扱いはキーパー次第となりますが、女王の争いにおいて輝を退けている場合、探索者の援助がなければ彼女は次第に精神を病み、結局はシャッガイの女王となってしまいます。
この場合も直接探索者にその場面に立ち合わせたり、やはりそう匂わせるだけで分かれる、あるいは澄の方から姿を消すような演出がよいでしょう。