津谷恵理子の音楽

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the Music of Eriko Tsuya
「津谷恵理子の音楽」




『音楽は、音符と音符の間に存在する』
────────── クロード・ドビュッシー


注意、あるいはお約束:
プレイしてみたい人、プレイするかも知れない人は読まないでください。読んで良いのはキーパーか、またはプレイする予定のない人だけです。うっかり目次を見てしまった人は、「記憶を曇らせる」の呪文でも使って忘れてください。万が一そのままプレイに参加したりすると、貴方の悪徳に誘われて隣のプレイヤーにイゴーロナクが憑依するかも知れませんよ。

そして当然ですが、このシナリオはフィクションです。
現実のいかなる人物、団体、そのほかもろもろのものと一切の関係はありません。

『津谷恵理子の音楽』目次:

はじめに

シナリオのスペック

 本シナリオは、『クトゥルフ神話TRPG』向けであり、大正時代『クトゥルフと帝国』あるいは、本『帝都モノガタリ』を対象としているシナリオです。
 プレイヤーの人数は1~3人、特に探索者の練度は問いませんが、『天球賛歌事件』以降のキャンペーンを生き延びたか、その内容を知っている探索者が望ましいたデザインとなっています。
 プレイ時間はキャラクターの作成を含まず、2~3時間程度を想定しています。


始める前に

 実際のセッションを始める前に、これらのことに注意するか、プレイヤー達に直接告げてください。


シナリオの傾向

 本シナリオは、単純な短いシナリオにデザインされており、いわゆる「来た、見た、狂った」形式のシナリオとなっています。
 戦闘がある可能性もなく、ひどく恐ろしい状況も無い、かなり地味で地道なシナリオです。
「謎は解かれなければならない」必要はありませんが、「手がかりは提示する」必要はあります。
 情報は全て出し尽くす、というのが理想的ですが、探索者の選択、行動によって得られない情報も発生することでしょう。ある程度、キーパーの方から誘導、あるいは具体的にこうすれば?と提示することも必要になってきます。
 キーパーは適宜(特に探索者の行動が止まってしまった場合等)、探索者を誘導するようにしてください。


PC作成時の注意、立場

 新規作成、継続の探索者でも問題ありませんが、『天球賛歌事件』以降のキャンペーンを体験しているか知っているとシナリオ上の不都合、説明することが少なくなるでしょう。
 舞台が桜嶺女学院内となる為、女学生の探索者が必須、それ以外の探索者は女学生の探索者や、桜嶺女学院と関係が深い方がいろいろと楽になります。
 また、≪芸術:ピアノ≫の技能が必須として挙げられます(この技能を代替するNPCを出したり、シナリオを修正してもよいですが)。


PC同士の関連付け

 シナリオの舞台となる桜嶺女学院へ入る為の理由付けが必要となります。
 女学生の探索者との血縁等の関係や、桜嶺女学院に関係がある、あるいは血縁関係、所縁の深い者が女学院内に居る等とするとよいでしょう。


シナリオの概要、真相(キーパー向け)

 震災から三か月後、年の瀬も迫る中、次第に混乱も収まってきた帝都。
 比較的被害の少なかった桜嶺女学院は本棟が一時避難場所として使われていた為、奇麗には程遠いですが使用できる状態にまで回復していますが、特別教室棟は片付けもまだ済んでいないような状況です。
 授業はまだ再開していませんが、女学院に戻ってきた女生徒達も増えてきて年の瀬ということもあり、片付けを行おうということになります。
 たまたま女学院を訪れていたか、あるいはそれを目的に訪問していたか、探索者達は津谷恵理子とともに『音楽室』の片づけを任されます。
 震災の被害は少なかったとは言え、手つかずの状態で放置してあった音楽室の片づけを進めるとおそらく『黒澄綾』の書いたと思われる楽譜が見つかります。
 しかし、それはあまりにも平凡であり彼女の書いたものであるか疑わしかったのですが、片付けが進むと今度は手書きの楽譜が見つかり、それと比較することによって、間違いなく彼女が書いたものであることが分かります。
 探索者達(と津谷恵理子)は、黒澄綾によって『The Render of the Veils』と書かれた、この二つの楽譜の間にある謎を考察しつつ、音楽室の片づけを進めることで新たな手掛かりを発見して行きます。
 そして、楽譜の謎の解けた後、完全に復元された音楽を奏でることによって「ヴェールを引き上げ」てしまうことになります。

 黒澄綾の『The Render of the Veils』は、同名の呪文と同じ効果を発揮し、この音楽を聞くものから「ヴェール」を一時的に取り除きます。
 彼女はこの音楽の効果を実際に演奏する前に気が付き、清書する際に音符を間引いて調整しました。手書きの方はそのうちに処分するつもりだったのですが、それも出来ないまま桜嶺女学院を去っており、震災によって隠し場所から散らばってしまいます。
 彼女の音楽に触れた津谷恵理子は、その一端を自身のものにする為に、あわよくばそれを越える為に、発見された楽譜を奏でます。


登場人物(NPC紹介)


津谷恵理子(つや・えりこ)、桜嶺女学院の女生徒、平凡な音楽家

 桜嶺女学院の上級生で声楽部に所属していますが、ここのところの異常な天才達の影に隠れて、あまり目立つ存在ではなくなっています。
 ヴィオルという一風変わった古い楽器を手慣れた感じで奏でる、声楽部でも伴奏を担当するなど目立つ存在でしたが、新学期に入って小幡とらが新部長に就任すると、彼女のことをなんとなく好いていない恵理子は部室に寄り付かなくなります。以降、必要があれば声楽部でヴィオルを弾いていたのですが、黒澄綾、安藤雪子などが入部、演奏を担当するとなる頃には、すっかりと目立たない存在となっていました。
 恵理子は黒澄綾の狂気の音楽を実際に体験していません。その為、ただその人知を超えた音楽に憧れのような感情を抱くとともに、『帝都狂想曲』でトルネンブラに演奏を導かれることで自身にもそれが可能ではないかというアイデアを得ています(その為に、正気度が低下しています)。

 STR 12 CON 14 SIZ 12
 INT 12 POW 13 DEX 15
 APP 12 EDU 10 SAN 45
 耐久力 13 ダメージボーナス +0
 技能:運転(自転車)40%、図書館50%、説得45%、信用60%、博物学50%、音楽学50%、芸術(ヴィオル)70%、芸術(ピアノ)60%

黒澄綾(くろすみ・あや)、狂気の天才音楽少女、行方不明

 このシナリオには直接登場しません。
『天地交響事件』以降、彼女の姿を見たものは居ませんが、今回は彼女が残した楽譜が事件を引き起こします。
 彼女はデ・ホントの『休符の為の鎮魂曲』を周辺の資料と合わせて考察することで、『ヴェールを引き上げる』音楽を作成しています。そして、自らが作成した音楽の効果を十分に承知していた為に、この音楽の無害なバージョンを残してオリジナルを処分するつもりだったのですが、その前に彼女は桜嶺女学院を去ることになりました。
※直接登場しない為、能力値等は示しません。
 必要な場合は、『天球賛歌事件』等のシナリオを参照してください。

真田幸(さなだ・ゆき)、桜嶺女学院の女教師、渡英して不在

 このシナリオには直接登場しません。
『天地交響事件』の直後、英国の元の探索者の仲間達から助けを求められ、震災の処理が落ち着くとトランク一つの身軽な姿で渡英していきました。
 音楽室に残った黒澄綾の楽譜に真田も関心を持っていたのですが、最初に無害なバージョンを発見したことや、直後に忙しくなったこともあり、実際の『ヴェールを引き上げる』音楽を処分することは出来ませんでした。
 また、教師として面倒を見ていた黒澄綾のものを抹殺することを忍びなく思っていたこともあり、彼女にしては珍しく徹底的に行うということをしなかったこともあります。
※直接登場しない為、能力値等は示しません。
 必要な場合は、『天球賛歌事件』等のシナリオを参照してください。


導入部

 震災から三カ月、年の瀬も迫るある日に『桜嶺女学院』を訪れるところからシナリオは始まります。
『桜嶺女学院』を訪れる理由は個別でも全員同じでも問題ありません。女学生探索者を中心に女学院へ行く理由を作ってください。また、探索者は全員が知り合いなどとすると導入までスムーズに進むでしょう。
 あるいは導入部はざっくり流してしまって、すでに音楽室の片づけを行っているところからシナリオを始めてもよいでしょう。

音楽室の片づけ

 現在、『桜嶺女学院』は授業が行われておらず、校舎の本棟は震災の被害がほとんどなかったこともあって、一時避難場所として使われています。
 探索者達が灰色の重たい雲の立ち込める曇天の中、『桜嶺女学院』を訪れると珍しく女学生たちとその関係者達が集まっています。これは、そろそろ落ち着いてきたし、女学院へ戻って来られる生徒も増えてきたので本棟以外の建物の片づけを行おうと、人を集めているのです。
 もちろん、探索者達もその一人として女学院を訪れているか、あるいは依頼され、巻き込まれています。

 もしも建物が倒壊しそうだったり、何か危険なものがあった場合はすぐに知らせるように、必要な器具は本棟から持っていくようにと指示が全体に出た後、適当に片づけを行う場所が割り当てて行きます。
 そして、探索者とその近くに居た一人の女生徒、津谷恵理子が音楽室に担当を割り当てられます。

 なお、この場に真田幸の姿は見えません。
 他の教師等、学校関係者に確認した場合、彼女は英国で世話になった人から連絡を受けて、震災から1か月後ぐらいに渡英した、と教えられます。
 そして、探索者達が音楽室を割り当てられたことを知ると、何故か真田が「音楽室には気を付けるよう」と言っていたと伝えます。
 ただ、音楽室等がある特別教室棟が本棟に比べて震災の被害が大きかった為今まで放置されていたこともあり、そういった意味で気を付けるようにと言っていたのではないかと言います。


探索部

 本シナリオはゆるいクローズドとなります。
 探索を行う範囲は基本的に音楽室の中だけとなり、そこから逃げ出せばシナリオは途中でも終了します。


音楽室の片づけ、探索

 震災によって歪んでしまい、建付けの悪くなった扉をどうにかしてこじ開けると、かつての面影のかけらもない荒れ果てた、震災によって生じた粉塵がうず高く積もった音楽室が姿を現します。
 昼間である為、かろうじて窓から差し込む光によって作業が可能ですが、それより後は危険であると判断せざるを得ません。
 この為、作業時間は4時間程度となります。キーパーはここで作業時間=探索の時間に限りがあることを伝えてください。

 キーパーは探索者の人数によって一人が何回行動を行えるかを決めてください。大体、全部で15回前後、PC一人ならば1回の行動を15分として4時間で16回のように決めて下さい。

 探索者達は主な行動として、指定したブロックを『片付ける』か、片づけを行わずに『探索』することが出来ます。
   ただし、『片付け』『探索』ともすでに『片付け』が終わっているブロックに隣接したブロックに対してしか行うことはできません。
 最初はまず扉を入ったブロックを片付ける必要があります(最初のブロックだけ、津谷恵理子は手伝ってくれます)。

 探索者向けの音楽室マップを下記に示します。これを見ながら、探索(音楽室の片づけ)を進めてください。
音楽室マップ(PC向け)

 キーパー向けの音楽室マップを下記に示します。
音楽室マップ(キーパー向け)


『片付ける』

 片づけを行う場合、ブロックに指定されている回数だけ『片付け』を選ぶ必要があります。
 なんらかの片付けに役に立ちそうな技能、キーパーの認めた技能のロールに成功した場合、『片付け』の回数を1回だけ減らすことが出来ます(ロールに失敗した場合、特に影響はありません)。
 また、『片付け』は最大二人まで同じ場所で行うことが出来ます。


『探索』

『片付け』が終わっているブロックに対して、『探索』を行った場合は特にロールの必要なく、そのブロックに存在する情報を得ることが出来ます(『片付け』が終わった後になりますが)。
『片付け』が終わっていないブロックである場合、特に探すもの等の指定が無い場合はあらゆる技能に1/4でロール、探すものが具体的になっている場合は、1/2のロールとなります。主に≪目星≫、≪聞き耳≫、あるいは≪隠す≫等によるロールとなりますが、キーパーが認める代替技能でも可能です。


ピアノ

 埃をかぶり過ぎていて何だか分からない大きな塊のように見えたものは、実はピアノであることが分かります。
 津谷恵理子が近寄って誇りを払い、鍵盤の蓋を開けると無事なように見えますが、鍵盤を押してもまったく音が出ません。
「これは…、埃を被っているのと、調整がされていないからですね。
 私はピアノの面倒を見ます」
 と、彼女はまずピアノの掃除を始めます(以降、彼女はピアノに掛かりきりになります)。


『Requiem for the Rest』

 古く痛みが激しい楽譜の束です。
 辛うじて判別できる表題が『Requiem for the Rest』となっています。
 女学生探索者が≪アイデア≫に成功した場合、黒澄綾がいつかこの傷んだ紙束をめくっていたこを思い出します。
 楽譜であることは明白なのですが、震災によって下敷きになっていたこともあり、ところどころ擦り切れており判別が難しい箇所があります。
 この楽譜と黒澄綾の楽譜を子細に比較した(行動を費やして確認した)場合、特にロールの必要なくこの楽譜と黒澄綾の楽譜が似ていることに気が付きます。
 その際、この楽譜のおそらく表紙であろう紙に、『Ambroise de Honto』と名前らしきものがあることに気が付きます。これに気が付いた場合、『真田の回想:アンブローズ・デ・ホント』を行ってください。


清書された黒澄綾の楽譜

 表題は『The Render of the Veils』と書かれています。
 彼女が書いたにしてはひどく平凡な、しかしドビュッシーを思わせるような不協和音、そして彼の『音符と音符の間に音楽は存在する』と言ったようなひどく演奏者によって印象が変わる楽譜です。
 ただ楽譜を辿っただけでもそれは成り立ちますが、それ以上に奏者による音楽的な感覚が試されるような、そんな楽曲です。
≪芸術:(楽譜が読めるもの)≫、≪芸術:(書に関わるもの)≫か、≪心理学≫のロールによって、この楽譜は整然としており迷うことなく書かれていることに気が付きます。
 黒澄綾の手書きのものを一枚でも手に入れた場合、それとの比較によってこちらが後に書かれたものであり、随分と音符が間引かれていることに気が付きます。


メモ書きの入った黒澄綾の楽譜

 清書されたものに比べて幾分雑に書かれていますが、それでも十分に読み易い楽譜です。
 あちこちに様々なメモや、音符を重ねて書き込んだりしており、作曲の跡が伺えます。
 彼女と関係が深い探索者である場合(『天球賛歌事件』において、天球音楽の楽譜を見たことがある場合)は、あの狂気の天才がこれほどに書き直しをしていることをおかしく感じます。
≪芸術:(書に関わるもの)≫×2、≪なんらかの学問≫か、INT×3のロールによって、最初に書き込まれた音符は明らかに自らが書いた拍子を無視して配置されており、その後に徐々にその間を埋めるように書かれたことに気が付きます。
 失敗しても全体的な印象としてひどく書き込まれ過ぎていることに気が付きます。
 以下が、手に入れた楽譜に書いてあるメモの内容となります(番号は便宜上のものですが、敢えて探索者に示してもよいかもしれません)。


黒澄綾の楽譜1のメモ

 楽譜の上の方、おそらく表題である部分にメモ書きが存在します。
「『Requiem for the Rest』、『休符のための鎮魂曲』と訳そう。
 Ambroise de Hontoの『ピアノ・ソナタ第六番』。休符を主体とした特異な(この部分はわざわざ『unique』と書かれています)楽曲。
 これ自身はひどく違和感がある」


黒澄綾の楽譜2のメモ

 楽譜の一旦途切れる箇所に、彼女にしては珍しい震えるような文字でメモ書きが存在します。
「『Ambroise de Honto』は、音楽の霊感を求めて『Escaradeux』(Escaradeure?)修道院を訪れた。
 何を得たのか」


黒澄綾の楽譜3のメモ

 楽譜の端の方に『E.A.Abbott、FLATLAND』の走り書きがあります。
 その下に、『図書室か、真田先生に』と続けられています。

 このメモを見た場合、『真田との回想:E.A.Abbott『FLATLAND』』を行ってください。


黒澄綾の楽譜4のメモ

 これはおそらく楽譜4の続きのメモだと思われます。
『修道士たちはみな優れた音楽家だったが、その作曲した曲は演奏を禁止され、異端として破門、閉鎖された。
 彼らの音楽とは、Ambroise de Hontoの『…』のようなものなのか』

 このメモを見た場合、『真田との回想:エスカラデュー修道院』を行ってください。


メモ書きの入った黒澄綾の楽譜を手に入れた場合

 黒澄綾の楽譜を2枚以上手に入れた場合、枚数に合わせて以下の場面を発生させてください。


2枚目を手に入れた場合

≪芸術:ピアノ≫がある場合は自動的に、そうでない場合は≪芸術:(楽譜を読むもの)≫×2、≪数学≫、INT×1のロールによって、楽譜通りにメロディを辿ることは出来ても、演奏が出来ないことに気が付き、そして自身の指をどう動かしたらこれが演奏できるのか分からないことに気が付き、0/1の正気度を喪失します。
 また、≪知識≫か、≪芸術:ピアノ≫のロールに成功すると、この楽譜はドビュッシーのような不協和音を連想させることに気が付きます(ちなみに、この5年前、1918年にドビュッシーは亡くなっています)。


3枚目を手に入れた場合

 津谷恵理子はそれまでピアノの掃除と整備を続けています。
 探索者達が見つけて、ある程度揃った楽譜を見ながら、津谷恵理子は「これを演奏してみたいですね」と言い出します。
「この手書きの楽譜は間違いなく黒澄綾さんの書いた、元のもので清書されたものから欠落している、平凡な音楽になってしまったそれではないものです。
 この音楽に、貴方たちも興味はありませんか?」
 探索者達の同意を得ずとも、彼女はピアノに向かい、演奏を始めようとします。
 しかし、彼女の演奏は拙いものであり、何とか楽譜を辿っているようなものです。この難易度の高い曲で、しかも途中で途切れている為に、まともな音楽になっていません。
 恨めしそうに楽譜を眺めた後、「私はヴィオル弾きなのです。ピアノはあまり得意でなくて…」と言い訳しながらピアノから離れます。

 探索者の中に≪芸術:ピアノ≫を持っているか、それの代替が可能な技能を持っている場合は、彼女が代わりに弾いてくれと要求してきます。
 探索者が技能のロールに成功した場合、それでも所々で楽譜の通りに和音が出せなかったり、指が絡まるようになってしまったりします。
 演奏した本人はこの異様さに気が付くとともに、まるで目の前の薄いヴェールが引き上げられるように何かが見え始めたことに気が付き、1/1D2+1の正気度を喪失します。
 この音楽がまともに演奏でき、それを聞いた場合、演奏者と同じく薄いヴェールが引き上げられるのを感じます。同じく、1/1D2+1の正気度を喪失します。
 この楽譜はまだ全て揃っていません。その為に、演奏はどこかで途切れるか、ちぐはぐなものとなってしまいます。演奏をした場合は、まだ楽譜が全て揃っていないことに自動的に気が付きます。

 探索者が何らかの手段を持ってこれを止めることもできますが、その場合、彼女は恨めしそうに探索者を見た後、再びピアノの整備に戻っていきます。
 この後、ちらちらと探索者の方を気にしながらピアノの整備にかこつけて楽譜を確かめて、演奏を思い描いている彼女に気が付きます。


4枚目を手に入れた場合

 終幕部に進んでください。


真田の回想

 本シナリオは半クローズドである為、自由に調べものなどをするために外に出る時間がありません。
 これを補う為、真田の回想という形で調査可能な情報を補っていきます。探索で出てきた情報に従って、それぞれの場面を行ってください。
 探索者が外に調べに出ようとした場合等、これをぶっちゃけてしまっても構いません。


E.A.Abbott『FLATLAND』

 夕闇の迫った音楽室か、それと思しき特別教室の中。
 明かりが無い室内は、陽が落ちる前の時間帯はひどく暗く重く感じる。
 そんな中、窓辺に立つ真田幸の姿は黒く、近い距離に居るはずなのにその表情は判然としない。
 真田は、いつもの授業の時のように語る。
「さて、Edwin・Abbott・Abbottの『FLATLAND』、ですね。
 どこからそれを知ったのか興味があるところですが、まずは質問に応えましょう。
 残念ながら、かの書は学院には存在していません。私も英国で読んでいますが、こちらへは持ち帰っていないのです」
「別に、危険な書物ではないのですよ。むしろ逆に娯楽小説です。
 二次元の世界であるフラットランドの主人公が、一つ上の三次元の世界や、一つ下の一次元の世界がどのように見えるのか、ということを語る物語です。
 小説の体裁を取った風刺小説である、と評価する方も居ますが、幻想、冒険小説、あるいは科学的、数学的にも面白いのではないかと私は思います」


アンブローズ・デ・ホント

 夕暮れ時に、どこかから早くも炊飯の香りが漂っている。おそらく学生寮からか。
 真田は仄暗い廊下で足を止めて、振り返った。
 全てが薄明かりの中のような廊下で逆光の中に居るように、その顔は判然とせず表情は見えない。
「その名をどこで?」
 真田は珍しく生徒の前で嘆息した。
 そして諦めたように、彼女は質問に答える。
「アンブローズ・デ・ホント、前世紀に生きた偉大、とは言いませんが音楽家です。
 フランス、パリのオペラ座でピアニストを務めていましたが、彼は若い時に病を得て演奏家ではなくなりました。
 その後、作曲を始め、他界する数年はまるで狂気に突き動かされたかのように何十曲も作曲しました。
 その中でも有名なのは、『Requiem for the Rest』、そう…とでも訳しましょうか」


エスカラデュー修道院

 夕陽が窓の横から差し込む。全てが濃いオレンジ色か、暗い影の中に沈む。
 真田幸の姿は夕陽に映える窓から少し離れており、黒い影の中にある。
「本当に、どうやってそういった知識を得てくるのか、私には興味があります。
 そして、私に聞けば何か得られるのではないかと考えるのも、何故でしょう」
 珍しく真田幸が苦笑しているように思える。
 彼女の前に立つ、万能の天才にして音楽の天使が何か応えたように思えたが、それは聞き取れなかった。
「よろしい。私の持っている知識をお教えします。
 それは『神の梯子』を意味しています。ベネディクト会の系統の修道院だと言われていましたが、十九世紀の半ばに異端の教えを広めたかどで閉鎖されています」
 真田はここで一息置いて、反応を窺ったが相手は静かに次の言葉を待っている。
「さて、この教えというのが特異であり、当時としてはある意味において先端的、科学的な考えなのです。
 曰く、『三次元の物体の落とす影は二次元である。もしも、三次元の物体が平面で分断された場合、その断面は二次元である。よって、我々の住む三次元の世界は四次元の世界の断面、あるいは影であると言える。つまり、我々を創造したものは四次元の存在、すなわち神である』と」


アンブローズ・デ・ホントの最期

 これはおそらく、どこかの思い出の続きだ。
 そのときよりも少し時が進んでおり、西側にあった夕陽はすでに沈んでその残照が廊下を染めている。
 そして、真田の姿は前よりも濃く影に沈んでいた。
「アンブローズ・デ・ホントは、おそらく修道院から帰ってきた直後から驚くべき多作になりました。
 しかし、それも彼の妻が『休符のための鎮魂曲』の推敲の途中で発狂するまでです。彼の妻は家に火を放ち、自ら焼け死にました。彼の助手が楽譜を持って逃げなければ、曲は永遠に失われたでしょう。
 アンブローズはその火事で大やけどを負い、妻を失った悲しみからその事件の二日後に死んだと言われています」


終幕部

 終幕部はまず黒澄綾の楽譜を全て発見できたか、そしてその音楽を奏でるかによって分岐します。


黒澄綾の楽譜を全て発見した場合

 最後の一枚の楽譜が揃うと、歓喜の表情を恵理子は浮かべます。
「謎が解けた。
 やはり、この元の形は『休符のための鎮魂曲』を原形とした、彼女の音楽であり、完成形なのです」
 指が楽譜をなぞり、時折苛立たし気に楽譜の音符の間を叩きます。
「私では、この楽譜は弾けません。
 私の手の代わりになってもらえませんか」
 恵理子はピアノの演奏が可能な探索者に懇願します。


恵理子の願いを聞き入れ、演奏をする場合

 探索者が演奏を承諾した場合、≪芸術:ピアノ≫を行います。
 しかし、その成否に関わらず、その音楽は最初のときと同じく、指がもつれ、つまずき始めます。
 彼女が手を重ねて演奏を導きます。
「これは、おそらく、正しい運指では弾けないのです。
 何か特別な、普通ではない演奏方法。彼女のような天才か、特別な才能が必要なものです。
 でも、正しく彼女の楽譜を読み解いた私たちなら」
 彼女の手が重なって、まるで六本指のになったかのような手が、おそらく、正しく演奏を行います。
 鬼気迫る津谷恵理子の瞳の奥には、狂気と歓喜が溢れています。
「ああ、ああ、そうだ。これは、彼女の音楽。
 私は今、彼女と等しい音楽を奏でているんだ!」
 ここで、演奏者の探索者と津谷恵理子は、MP15点、1D6の正気度を喪失します(二人で等分に割ってください)。
 その他の探索者は、演奏者の探索者のPOW+津谷恵理子のPOW(13)とのPOWの対抗判定を行って下さい(ほぼ、失敗するでしょうが…)。
 失敗した場合、この音楽、『The Render of the Veils』の影響を受け始めます。成功した場合は、以降の効果を受けずに済みます。
 この演奏は3ラウンド以降から効果を発揮し始めます。それまでの間に探索者が演奏を止める、ということも可能ですが、KPの判断でそのまま流してしまってもよいでしょう。
『The Render of the Veils』が効果を発揮し始めたら、以下の描写を行ってください。

 黒澄綾の『The Render of the Veils』がこの世界で初めて正しく演奏されたのだ。
 彼女のつけたタイトルの意味を理解する。それは『ヴェールを引き裂くもの』という意味だ。
 この音楽の原形を作ったエスカラデュー修道院の修道士たちは、四次元に存在する神を明らかにしようとした。
 だが、神は四次元の存在ではなかった。さらに高次元か、あるいは異次元の存在だったのだ。だが、彼女はそれを受け継いで完成させた。
 この音楽を聞くもの達の目から、次元を隔てるヴェールが引き裂かれる。
 そして、物質、時間、空間の真実の姿がその前に広がった。


 『The Render of the Veils』は1D3+1ラウンドの間、効果(演奏)が継続します。
 毎ラウンド、致命的な物事の本質、真実の姿が降り注ぐのを目撃する為、探索者達は1/1D10の正気度を喪失します。
※演奏者の探索者、津谷恵理子も同様に正気度を喪失しますが、その演奏がさらに狂気じみてくる以外は演奏が終わるまで狂気の影響は受けません。

 演奏が終わると、狂気と歓喜を宿したまま津谷恵理子は高らかに宣言します。
「これが彼女の音楽。私にも奏でることができた!」
 そして彼女は探索者が止めるまで笑い続けます。
 止められた彼女は正気に戻ると、無作法を詫びますが必死に笑いを堪えているのが見て取れます。
 音楽室の片づけを切り上げるか、あるいは完了させて探索者と津谷恵理子は立ち去ります。


恵理子の願いを聞かず、演奏しない場合

 探索者が断ると、津谷恵理子は一瞬呆気にとられた表情を見せます。
「貴方は、彼女の音楽に興味がないと言うのですか。
 あの音楽の天使が作った楽曲を奏でたいとは思わないのですか」
 抑えた表情で再度、探索者に確認してきます。
 やはり、探索者が断れば彼女はがっくりとうなだれますが、大きく息を吸い込むと「では、私が挑戦します」とピアノに向かいます。
 強いて探索者が止める場合は、各種のコミュニケーションの技能、あるいは物理的な止める手段に合わせたロールを行ってください。
 止めない場合、彼女はピアノに向かい、『The Render of the Veils』を奏で始めます。
 その演奏はやはり前と同じく拙いもので楽譜を追うのが精一杯である印象を与えますが、その音楽を聞いているうちに目の前からまるで何か薄いヴェールが引き上げられた気がします。
 しかし、実際は日が傾いてきたことにより、音楽室が暗くなったこと、片付けが進んだことで採光量が増えたことなどで、音楽室の見え方が変わっているだけです。
 演奏が終わると、何かを堪えるようにしていた津谷恵理子は、そのまま音楽室を立ち去っていきます。


黒澄綾の楽譜が全て発見できなかった場合

 黒澄綾の楽譜を前に、恨めし気にああでもない、こうでもないと片づけをそっちのけで津谷恵理子は悩んでいますが、片付けの時間切れになってしまいます。
「ああ、もう少しで分かる気がするのに。
 彼女の秘密のヴェールを覗くことができたかもしれないのに」
 探索者に促されれば、彼女は大人しく音楽室を立ち去ります。
 黒澄綾の楽譜については、探索者に一任されますが、女学院に預けるのも、探索者達が秘密裏に処分してしまうのもよいでしょう。


事件の後

 事件の後は、津谷恵理子(と探索者)が黒澄綾の『The Render of the Veils』を奏でたかどうかによります。


『The Render of the Veils』が奏でられた場合

 この音楽が奏でられた場合、音楽室とその周辺で片付けを行っていた女学生や関係者たちが、集団で奇妙な幻覚を見たと訴え、精神の弱い者は、以降、世の中の真実の姿に怯えながら暮らすようなことになります。
 津谷恵理子はこの音楽を奏でたことで妙な自信を付けて、再び熱狂的な様子でヴィオルを弾くようになりますが、やはりその音楽は平凡そのものであり、黒澄綾のようなものには程遠い様子を見ることになります。
 津谷恵理子の音楽が黒澄綾のようなものだと一時の噂は流れますが、その様子を見て誰もが気のせいだと思います。


『The Render of the Veils』が奏でられなかった場合

 音楽が奏でられなかったか、探索者が止めた場合、津谷恵理子が音楽室の片づけに積極的に参加してその楽譜を探している様子を見ることになります。
 探索者が処分している場合、当然それらは見つかりませんし、この他に黒澄綾の残したものは存在していません(彼女の多くは自身で持ち去るか、処分しており唯一残っていたのが最後に作っていた『The Render of the Veils』なのです)。
 しばらく落胆した様子を見せる津谷恵理子ですが、どこか諦めた様子でいつものヴィオルを弾く姿をまた見るようになります。


最後の真田の回想

 この回想はシナリオが全て終了した後、思い出す場面となります。

 音楽室の中、誰に話しかけているのかそれは分からない。
 真田幸はおそらく英語の古い本を片手に、いつもの講義する調子ではない柔らかな声で語りかける。

 生きている人々が人生とよぶ色どられた
 ヴェールをひきあげてはならない。
 そこには非現実的な形をしたものが描かれており、
 われわれが信じているすべてのものは模倣にすぎず、
 むなしい色でおおわれているけれども、
 ―――その奥には 深い裂け目の上に
 目には見えないが、わびしい影、自分たちの影を
 織っている双子の運命の女神、恐怖と
 希望の女神がひそんでいるのだ

 明るい光を背に、逆光に反射する眼鏡でその表情は見えないが、口元は優しく微笑んでいた。

※パーシー・ビッシュ・シェリー(メアリ・シェリーの夫)のソネットの一部分です。


正気度の報酬

『The Render of the Veils』を奏でている場合、1D10+1点の正気度を獲得します。
『The Render of the Veils』を奏でていない場合、1D4+1点の正気度を獲得します。
『The Render of the Veils』を演奏した探索者は、追加で+1D4点の正気度を獲得します。
音楽室の片づけが完了している場合、追加で+1点の正気度を獲得します。


データセクション

 シナリオ中に使用されるデータや、その他の項目をまとめたものです。

LIFT VEIL(ヴェールを引き上げる)

 未訳のサプリメント『RAMSEY CAMPBELL'S GOATSWOOD』に収録されている呪文です。
 詳細はP.34を参照してください。


Flatland: A Romance of Many Dimensions(フラットランド:多次元の冒険)

 1884年刊行のエドウィン・アボット・アボットの小説です(実在のものです。この本は現在、『フラットランド 多次元の冒険』として読むことが可能です(Amazon Kindleにも!))。
 フラットランドとは、二次元の世界です。そこの住人である主人公が、彼の居る世界、二次元の世界から一つ上の三次元、一つ下の一次元がどのように見えるのか、という物語です。


エスカラデュー修道院

『休符のための鎮魂曲』を書いたアンブローズ・デ・ホントが訪れたと言われる修道院です。
 彼は音楽の霊感を求めてこの修道院を訪れています。修道士たちはみな優れた音楽家でしたが、彼らの作曲した音楽は演奏を禁止されて、異端とした破門され修道院は閉鎖されたと言われています。