導入部:二つの日常場面
シナリオの導入部になります。
このシナリオは、探偵探索者と、女学生探索者がそれぞれ別の場所で事件に巻き込まれるところから始まります。
この二人以外は、それぞれの場所に同行している理由が必要になりますので、探索者の関係性や、日常の場面を想定してください。
もし、個別の導入をやりたい場合は、ある程度探索者が合流してから事件が始まるように気をつけてください。
- サロメ、踊る綾、歌う首
- 帝都の怪事件
- 桜嶺女学院
- 吉川春子の依頼
- 毛利元子の依頼
- アポカリプティックサウンド
サロメ、踊る綾、歌う首
女学生探索者は、以下のような夢を見ます。
いつか、雪子と見た『サロメ』の最後の場面に似ている気がする。
だが、あの場面、七枚のベールの踊りはベールを落としながら踊る場面だったが、今眼前で繰り広げられているのは、サロメがヨカナーンの首を持って踊っている場面だった。
優雅に踊っているサロメは、軽く歌を口ずさんでいる。どんな歌かは分からない。
踊っているサロメがこちらを振り向いた。黒澄綾だ。
その手に持つ首は誰か分からないが、切断されて間が無いものか、まだその切り口からは夥しい血が流れている。
歌が高まるにつれ、その手の首が気のせいか、痙攣しているようにも見えた。
綾の歌が二重に聞こえ始める。彼女の歌に合わせて、その手の中の首が歌い始めていた。
この異様な悪夢を見た女学生探索者は、1/1D8+1の正気度を喪失します。
ここで、女学生探索者は目を覚まします。先ほど経験した正気度喪失は、夢の中の出来事であったと気が付く為、喪失が1/10(端数切り上げ)になります。
ここでは単に悪夢を見た、というだけになりますが、これは女学生探索者が綾と特別な繋がり、影響を受けているということを表しています。
帝都の怪事件
女学生探索者以外の探索者で、世情に通じるような(まあ、探偵とか)探索者は、噂話や新聞等から、下記のような情報を得ることが出来ます。
帝都内で、奇妙な事件が頻発しています。新聞では猟奇事件として騒ぎ立てており、三流以下の新聞ではオカルト的な事案として読者を煽る論調で書かれていますが、それ以外のところでは淡々と事実のみを伝えています。
首無し死体:
下谷区の上野公園内で首の無い死体が発見された。奇妙なほどその切り口は整っており、また血を流した痕跡もほとんどなく、警察などの見解では別の場所で首を切断後、しばらく経ってから体だけを上野公園に放置したのではないか、ということ。
犯人、及びその死体の頭部はまだ見付かっておらず、そもそも被害者が何者なのかも特定できていないという状況である。
被害者はおそらく若い女性で、上野公園や、浅草公園に居た浮浪者か、愚連隊の一人ではないかと目されている。
死体の盗難:
同じく下谷区にある寺の墓が掘り返され、死体が持ち去られる事件が発生している。
持ち出されたのは若くして死んだ娘の死体で、特にこれと言った特徴のある娘ではなく、何故その死体が盗まれたかも分からない。
掘り出されたのは土葬にしてからわずか一日後のことである。
ここ最近、こういった死体の盗難は青山墓地など、帝都内で数件発生している。
若い娘の行方不明:
ここのところは治まっていた若い娘の行方不明の事件がまた頻発している。
誘拐といった事案も含まれるが、自主的な行方不明や、あるいは彼女らはなんらかの犯罪に巻き込まれている可能性がある。
先の首無し死体も、こういった家出か、行方不明かの娘のものではないかとも思われる。
桜嶺女学院
ここのところ、帝都での怪事が頻発していることもあり、女生徒たちの多くは迎えが用意されたり、それがない場合は単独での登下校を避けるように指示されています。
女学生探索者がこの怪事について調べるか、あるいは女学生同士の他愛のない噂話の中で、帝都の怪事件にあった情報を得ることが出来ます。
また、桜嶺女学院内で行方不明になっている女生徒はありませんが、病死した生徒の死体が掘り返され、盗難されていることや、桜嶺女学院周辺で不審者の目撃情報が出ていること、そしてそれらの取材の為、性質の悪い記者がうろついていることが分かります。
(ここら辺は、あまりこの場では調査できることではない情報なので、単純にそういうことがあった、と言う程度にとどめて下さい)
これらの理由により、書生探索者やあるいは女学生と関係が深い探索者は、護衛の為に駆り出されているとして、桜嶺女学院へ女学生探索者の迎えに来ているとして、事件に巻き込まれるようにしてください。
吉川春子の依頼
※特に決まっていなければ、探偵探索者の事務所は、本所区か、深川区にあるようにしてください。
元はばりっとしていたであろう、よれよれの洋装で、精気の無い顔をした女性が、探偵探索者の事務所を訪れます。
《知識》か、探偵探索者が社交界に詳しい場合は、彼女が吉川春子であることに気が付きます。
吉川春子と言えば、名門の毛利家より吉川家と嫁ぎ、元からの奔放な性格、浪費癖、音楽に対する異常な情熱と執着と共に、様々な不行跡で社交界で悪名を馳せていることで有名です。
妙な内輪のパーティを開いたりして、官憲に目を付けられたこともあり、最近は大人しくしているという話でしたが、ここのところまたぞろ怪しげな活動を行なっていると噂になっています。
心ここにあらずといった様子で、吉川春子は探偵探索者に『異次元通信機』の破壊を依頼します(直接、『異次元通信機』とは言わずに、「ある装置」と表現します)。
「帝都内、 に、『ある装置』が隠されています。
この『装置』を破壊してもらいたいのです…」
その装置は、帝都内の、以下の箇所に隠されていることを春子は語ります(具体的にどこ、というのは現在の彼女の人格は知りません。ぼんやりと周辺地域を覚えているだけです)。その地域を調査して、『装置』を破壊してもらいたいと依頼をします。
1. 浅草区、十二階の辺り
2. 小石川区、東京砲兵工廠、小石川後楽園の辺り
3. 赤坂区、青山霊園
4. 京橋区、銀座の辺り
5. 神田区、御茶ノ水の辺り(桜嶺女学院)
6. 本所区、回向院、国技館の辺り
探索者がその理由や、装置とは何なのか、という質問に転じると、春子は恐怖の表情を浮かべ、がたがたと震えだします。
「あれは、あれは恐ろしいものなのです。私は、私は…」
呟いた彼女は懐に手を入れて、小型の拳銃コルトベストポケット(コルトM1908、25口径の護身用の銃)を取り出し、自身のこめかみに向けます。
まるで、自分の手が意思とは反する動きをするように、この突然の自殺には妙な躊躇があります。探索者が止めた場合、特にロールは必要なく、彼女を止める事ができます(止めなかった場合、春子はその銃で自らの頭を打ち抜き、死亡します)。
《アイデア》か、《心理学》に成功した場合、春子の行動には自殺への躊躇い以外の何か妙な抵抗があったように感じます。
自殺を止めた場合、春子は気絶し、《応急手当》や、《医学》によっても回復しません。《医学》か、《心理学》での診断を行なった場合は、彼女が自ら意思を閉ざして気絶したことが分かります。
もしも彼女の身体を調べた場合、特に外傷等は見付かりませんが、拳銃の他に、小さな白い円盤のようなものが出てきます。これは
『抑音装置』と呼ばれるものですが、探索者はこの用途は分かりません。
キーパーへ:
この時点で表に出ているのは春子の本来の人格です。それに対してシャンが抵抗したことを示しています。
毛利元子の依頼
春子が気絶した直後、猛烈な勢いで走ってきたベルリエVE型が探偵事務所に横付けされます。
車から降りてきたのは、春子の姉、毛利三姉妹の長女たる毛利元子です。前回のシナリオで面通しも済んでいると思いますが、彼女についても《知識》か、社交界に詳しいことにすれば、即座に気が付きます。
車を降りた元子は足早に探偵事務所を訪れます。普段は名門華族に相応しい、余裕のある上品な物腰、鷹揚な態度を取っているのですが、この日の元子は明らかに焦っているのが分かります。
ノックも無しに扉を開け、春子の存在を確認した後、彼女が何を依頼しに来たかと質問されます。
探索者が話さない場合、元子はまず理性的に、毛利家の家長として春子を監督する義務があること、何らかの事件に春子が巻き込まれていることを指摘し、探索者に話すことを促します。
それでも拒否した場合、彼女はその上品な外見に似合わない盛大な舌打ちの後、事は重大で、しかも緊急である、と語ります。もし、自分に協力しない場合、こちらとしても手段を選んでいられない、と脅迫気味に話します。
さらに拒否した場合、彼女は「では、春子は貰って帰るわね」と気絶したままの春子を荷物のように持ち上げて去っていきます。もし、これも妨害した場合、「お下がりなさい。毛利の家の者をこのようなところに預ける訳には行きません。邪魔すれば、警察だけでなくいろいろと面倒になるわ」と宣言します。
キーパーへ:
キーパーによりますが、ここは元子へ譲歩するように探索者に勧めるのがよいでしょう。
探索者が元子を拒否した場合、シナリオの大きな流れは変わりませんが、元子の勢力が独自に動くようになる為、大幅に手間が増えます。
元子に春子の依頼内容を話し始めると、彼女はさも頭痛がするかのように目頭を押さえ、その話を聞きます。
全て聞き終わると、彼女は「困ったことを…」と呟き、考え事をしているようすです。
しばらく後、彼女は「では、依頼は継続してもらうわ。依頼人は私。もちろん、報酬も約束した通りに払います。ただ、一つ、春子の言っていた『装置』は、破壊するのではなく、無傷で回収して」と依頼します。
探索者が依頼を受けるか、あるいは検討をしていると、突然、耳を聾する轟音が響き渡ります。
「始まった!
後手に回ってしまったようね」
悔しそうに言うと、「もう一刻の猶予も無いわ。行動を開始しましょう」と命令調に言います。
アポカリプティックサウンド
元子との会話の途中に鳴り響いた轟音は、まるで回転し唸る機械のような、絶えず三段階の音調に変化しつつ、脈動するような音です。
これは単なる『音』であり、『音楽』と呼べるものではありません。
(探索者が、《アイデア》か、《芸術:(音楽に関わるもの)》に成功すれば、それは確実にそうだと分かります)
この轟音は『異次元通信機』へ近づけば大きく、耳を聾する様な大きさにまでなりますが、ある一定距離を離れた瞬間、全くの無音となります。
そして、この轟音は、桜嶺女学院でも同様に起こっています。
春子に指示された地域を考えるに、この音は帝都全域を包んでいることが分かります。
探偵事務所か、春子に出会った場所によりますが、どのような経路で回収を行なうかは探索者次第です。
元子のベルリエVE型は2人乗りですが、無理をして後部のスペースに乗り込むことにしてもよいでしょう。
探索者が自身の自動車を出せるならば問題ありませんが、そうでない場合、《幸運》によって宍戸の運転するタクシーが捕まり、料金さえ弾めば、探索者の指示通りに動いてくれます。
探索者が、春子はどうすればよいのか、という質問した場合、元子は、「置いていってもよいでしょう」と事も無げに言います。
もしも、探索者が春子が目を覚ましてからまた自殺するかもしれない、ということを仄めかした場合、元子は一寸だけ考える素振りを見せて、「貴方の好きにしなさい。但し、依頼の妨げになることは許しません」と言います。
気絶した春子を連れて行くかどうかは、探索者次第です。キーパーとしては、どちらでも構わない、とぶっちゃけるのも問題ありませんが、春子を手元に置いておくことで障害が減る可能性はありますが、同時に彼女を見張る必要が出てきます。