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その他の項目

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 その他の、特に何らかの宗教や体系的な呪術に含まれない項目、あるいは項目数の関係から、独立した項目として扱わない項目です。

■その他項目一覧
■辻占
■東学
■舞剣騰空
■鏡聴
 □鏡聴:Fortune Taling by Mirror、下級の呪文
■お札
 □百魔を祓う燈明、魔法の品物
 □陰陽道の霊符、魔法の品物
 □弓乙の霊符、魔法の品物
■神降ろしと依童
■巫病
■キツネ憑き
■練丹道
■採り物
■観音力
■コックリさん
■犬神
■花会(チーハ)
■永遠の満月の方程式
■急々如律令
■天狗

■辻占
 文字通り、辻にて行われる占いです。
 日が暮れてから四つ辻に立ち、占いを行う者が平生信仰している神仏に祈念するか、あるいは占いの作法に従って祈念した後、 道を行き交う人々の言葉を密かに聞き、それを占う事柄に当てはめて判断します。
 通行人は二人連れか、あるいはそれ以上で話しながら歩いている者となる訳ですが、2回まではやり過ごし、 3回目に逢う通行人の言葉を聞くのが正式な作法と言われています。
 辻占は安倍清明が自らの寿命を知ったときに、卜筮の道具を泉州境のある町の四つ辻に埋めたとする伝説を元とし、 その辻で、安倍清明を知る者達が通行人の言葉を聞き、占ったことから広まったと言われています。

■東学
 東学は、1860年に崔済愚によって創唱された朝鮮の新宗教と言えるものです。
 没落両班であった崔済愚は「天」の感応を受け、救世主としての使命に目覚めたと言います。
 彼は自らの教えを「東の教え=東学」と呼び、李朝政府の圧政腐敗と、対外的な危機の克服を目的とし、 「輔国安民」というスローガンを立てたました。
 また、崔済愚は「天」から呪文を受け取り、それを教えの根幹としました。
 東学の基礎である「侍天主」という思想は、究極の実在者である「天」が自己の内部にも存在するというもので、 これらの汎神論的な「天」と、崔済愚に召命したような人格神的な「天」の混交こそ東学の「天」観です。

■舞剣騰空
 東学の秘術で、宝剣「湧天剣」を持ち、特別な呪歌を歌いながら舞うと言います。
 すると、剣を持つ者は空に浮かぶことができ、湧天剣の鋭い刃が宇宙に広がり敵を討ちます。
 当時の朝鮮の人々は、日本や西洋列強の侵略と、宮廷内の腐敗をこれで祓おうとしました。

■鏡聴
 鏡の持つという『観る』能力を利用した予知、予言、あるいは占いの一つです。
 方法は、柄杓で水をかき回し、そして手を放して柄杓が水に回るのに任せます。そして、手鏡を抱いてその柄杓が指した方向へ歩いていき、密かに他人の言葉を聞きます。
 最初に聞いた言葉が、将来の吉凶を教えると言います。
 あるいは、この方法はいわゆる辻占の一つであると言えるかも知れません。

□鏡聴:Fortune Taling by Mirror、下級の呪文
 この呪文は一般的な、何らかの効果を直接もたらす呪文ではありません。
 この呪文は呪文ですが何らかの言葉を発する必要はなく、また魔力を持った鏡を持っている必要もありません。ただの 鏡を利用して行われます。
 この呪文を唱えた(行った)者は、MPを1消費し、何らかの未来(あるいは、シナリオの行く末)を暗示するような会話や、 それに類するものを聞く可能性があります。
 あくまで可能性があるだけで、キーパーは(本当に)無意味な会話や、あるいは何も無かったことにしても構いません。

■お札
 乱暴ですが、霊符などをここへ集約しておきます。
 お札、霊符などは詰まるところ何らかのものへ、何らかの手段を持って、何らかの力のあるものを書き付けることで 力を発揮する呪法です。
 この「何らかの」には、それぞれの流法の手段が代入され、多くは紙に墨を持って、神の名、呪文、あるいは、 神そのものの姿や、あるいは何かを象徴する図形などを書き付けます。
 当然、お札は一つの効果を持ち、そして多くが一回のみの効果を持ちます。
 お札の多くは、そのまま張り付けるものですが、中には焼き、灰にしたものを飲んだり、あるいは撒くなどして 効果を発揮するものもありました。
 とくに病気の治療などに使われるものは、飲むことが多かったようです。

□百魔を祓う燈明、魔法の品物
 燈明(・・・分かりやすく言うと、いわゆる携帯できる小型の提灯ですね)に百魔を払うという霊符が張り付けてあるものです。
 この燈明に火を灯し掲げると、その光に照らされた魔物は、POW×3のロールを行い、失敗した場合はその光の範囲内から 逃げだそうとします。

□陰陽道の霊符、魔法の品物
 陰陽道には様々な霊符があります。
 それらは、普通の墨と和紙を持って(まあ、もちろん墨は自らすったものが良いでしょう)霊符を作成します。また、 和紙の代わりに符板と言う、木簡の様な木を用いる場合もあり、また墨の代わりに朱砂を用いる場合もあります。
 陰陽道の霊符は、多種多様です。
 以下に、その例を挙げておきます(効果などもそのままです)。

□弓乙の霊符、魔法の品物
 東学党で実践されたと言われる、治療行為で用いられた霊符です。
 力のある道士が文字通り、弓乙、あるいは弓と書いた霊符を焼いて灰にし、患者に服ませました。
 万病に効いたと言われています。

■神降ろしと依童
 日本では古来、神を宿らせたり、あるいは霊からの啓示、預言を受ける者達を「巫覡」」と呼び(巫は女の巫(かんなぎ)、覡は男の巫のことです)、 あるいは、「みこ」と呼ばれました。みこは、現在では「巫女」と当て神に仕える女を意味していますが、本来は「御子」、あるいは「神子」であり、 神の子を指す言葉でした。
 この神霊、あるいは邪霊を一時的に体内に宿らせ、啓示や予言を受けることを神降ろしと言い、呼び出すのが死者の霊の場合は、口寄せとも言われます。
 そして、呼び出された霊の容れ物となるのが、依代、憑坐と呼ばれる巫覡、あるいは依童と呼ばれる少年少女達で、 依童として使われるのは、感応力の強い特別な気質を持つ子供たちです。
 神憑りの多くは、巫覡や依童に神や霊が憑くものですが、逆に巫覡が自らの魂を異界に飛ばすこともでき、 これを脱魂と呼びました。
 これらは神道では、帰神法と呼ばれ、神話時代から語り継がれています。

■巫病
 古来、巫女が選ばれるには、様々な理由がありましたが、その中で最も特殊なものがこの巫病(ふびょう)です。
 突然、何からの霊的存在に憑かれた状態となり、幻覚や幻聴、あるいは異常行動をとったりするなどし、 あるいは原因不明の病気や災厄に見舞われます。
 この巫病にかかった者は、内から聞こえる神の声や命令に反発しますが、神に仕えることを受け止めると、 巫病は癒え、そして新たに巫女として再生するのです。

■キツネ憑き
 狐は人にとりつく獣の代表です。
 狐憑きになると、動作が狐のようになると言われ、顔立ちなども狐に似てくると言います。
 狐憑きは狐が乗り移ってかかるという一種の精神病だと言われており、大正期では多くの土地にキツネ憑きがおり、話題になっていたと言われてます。
 仮に精神病だとした場合、その発生は人口比率からいえば市街地のほうが多いはずですが、実際は農村地帯に多く見られ、 また、山林原野の多い地域に集まり、市街地では裏町に多いと言います。
 稲荷神社はこれらの憑き物を落とすためのものであると同時に、全国に散らばるキツネたちの所轄を示す物だとも言われています。
 これらのキツネを使い、キツネ憑き状態に陥らせるキツネ使いも多く、数多くの呪法を生み出しています。
 四国の犬神に対し、関東では管狐と呼ばれる有名な憑き物のキツネがおり、このキツネは小さく竹の筒(管)に入れて 飼うことができることから、その名が付いています。
 関東のキツネについては諸処の説があり、この管狐は飯綱権現の使役神であるとも言われています。

■練丹道
 中国の錬金術と言える魔術です。
 卑金属を貴金属に変えるのが西洋の錬金術ですが、中国の練丹道が不老不死の霊薬(=仙人となる霊薬)「丹」を制作することが主な目的です。
 中国の練丹術の思想は13世紀頃にヨーロッパにも伝わり、錬金術を不老長寿探求のシステムとなる原動力ともなりました。
 体系化され、やはり西洋の錬金術に似た、段階を踏んだ過程を持って丹が精製(より純度の高い、原物質的な純粋な物質となる)されると いうようになっています。
 あるいは、気功の一種と考えられ、丹田で気を練ることを練丹道とも言うようです。

■採り物
 日本のシャーマンたる巫女が神憑る際に、自分自身を神の依り付く依代となるために何らかの呪物を用いることがあり、 これらを採り物と呼びます。
 採り物の多くは、古来より聖なる植物とされた神と関わり深いものが用いられました。
 梓巫女の梓や、あるいは沖縄のユタ(巫女)が用いる稲なども採り物と言っても良いでしょう。植物以外で最も多用されている 採り物は御幣で、あらゆるところで用いられています。

■観音力
 泉鏡花が好んだ言葉で、魔を祓い、人々を救済する、慈悲深い女性的な魔力を称したものです。
 対して、魔物的な、荒々しい男性的な魔力を、鬼神力と呼びました。

■コックリさん
 狐狗狸とも書きます(これが、キツネ、イヌ、タヌキと人に憑く、化かす、化けるの代表的な動物の集まりであることに注意してください)。
 明治二十年代に、外国からテーブルターニングと呼ばれる心霊術を起源に持つと言われています。
 テーブルターニングとは、文字通り霊がテーブルをYesなら右へ、Noなら左へ回す、と言った方法で質問に答えると言ったものです。
 また、テーブルターニングの他にウィジャ盤と呼ばれるYes、Noとアルファベット(あるいは、その国の文字)が書かれた 盤上に振り子をかざし、振り子が揺れることで応えるものなど、コックリさんと同様のものもありました。
 入神状態に入っての霊導を受ける儀式は、同種のものが支那や、日本にはすでに存在しており、こっくりさんはそれらが明治中期に習合したものであると言われています。
 こっくりさんなどの手軽な心霊術は日露戦争をはじめ、世情が不安になると流行しました。

■犬神
 主に西日本、特に四国を中心に行われた呪法、あるいは憑き物の一つです。
 四国では、外道とも呼ばれます(外道神、外道犬とも)。
 ある犬の霊につかれた者を犬神憑きと言い、その犬の霊そのものを犬神とも言います。
 犬神に憑かれた者は、犬のように四つん這いで歩いたり、あるいは吠え、意味不明の言葉を喚いたり、あるいは自分の秘密を暴露したりすると言います。
 犬神は特定の一族、血族に祀られ、あるいは使役される場合もあり、その場合、犬神を祀る一族は、犬神を使って自らの家を繁栄させるか、 あるいは相手に危害を加えると言われ、「犬神筋」、あるいは「犬神持ち」と呼ばれ、周りの人間達には畏怖され、遠ざけられました。
 犬神を使う者達を「犬神使い」と呼び、一種の蠱毒であり、蠱毒と同じ製法で生み出されました。

■花会(チーハ)
 元は支那の賭博であると言われ、また麻雀の成立にも影響を与えたと言われています。
 ルールは実に単純で、三十六枚の札の中から、師父老と呼ばれる親が抜き出す札を予想して金を賭けるだけです。
 この単純さ故に、どの札が引かれるかを予知する呪術が広く流行し、転じてトランプ占いの様な機能を持つに至りました。
 花会は明治大正期の日本でも賭博として大流行しました。
 三十六枚の札はいずれも稗史に語り継がれる悪漢英雄にちなんだもので、荒唐無稽な伝記が語り継がれています。
 また、占術としては花会に参じた人の未来を占い、そこにあらわれる人の官位や性質を表すと言います。
 三十六枚の札に記される名と、そして性質、官位を以下に示します。

人物名官位性質 人物名官位性質 人物名官位性質
林太平皇帝飛龍の化身 張舐金乞食金持ち蛇の化身 趙天申漁夫金猫の化身
林艮玉皇帝揚羽蝶の化身 張合海下僕蝦蟇の化身 方茂林和尚蜂の化身
陳吉品宰相綿羊の化身 李漢雲将軍牛の化身 田福桑和尚犬の化身
陳攀桂榜眼田螺の化身 李日宝探花亀の化身 雙合同妓女白鴿の化身
陳逢春状元喜鵲の化身 李明珠道姑蛤の化身 龍江祠龍神蜈蚣の化身
陳人生探花白い鵞鳥の化身 鄭天龍石の化身 宋正順皇帝猪の化身
陳日山乞食鴨の化身 鄭必得将軍鼠の化身 朱光明軍師馬の化身
陳安士狐狸の化身 蘇青元状元魚の化身 王志高国王蚯蚓の化身
陳元吉宰相鹿の化身 周青雲轎夫鶴の化身 黄坤山将軍虎の化身
陳三槐元帥鬼、あるいは白猴の化身 呉占魁状元白鰲の化身 劉井利道士鼈の化身
張九官病者赤犬の化身 馬上超一品夫人飛燕の化身 翁有利漁夫象の化身
張火官員外火鶏の化身 羅只得屠殺者子犬の化身 徐元貴乞食海老の化身

■永遠の満月の方程式
 数学者ラグランジュが表した、オカルト的な数式です。
 力学や、天文学、あるいはSFなどでいわゆるラグランジュ・ポイントと呼ばれる、二つ(あるいはそれ以上)の天体の間での、 力学的な平衡点のことです。
 これを太陽と地球に当てはめ、月の静止位置を求めたものが<永遠の満月の方程式>なのです。その距離は、現在の月の公転軌道から約4倍と言われています。
 ラグランジュ・ポイントについて少々詳しく言えば、お互いのまわりを回り合っている2つ天体の周辺で、主星の重力、伴星の重力、公転運動に伴う遠心力を考えたときの、 力学的な平衡点のことで、2つの天体の公転面内に現れ、主星と伴星を結ぶ線上に3つ、主星と伴星と頂点とする正三角形の他の頂点上に3つの、合計5つがあります。
 これらの平衡点は、それぞれ第1ラグランジュ・ポイント(L1)〜第5ラグランジュ・ポイント(L5)と呼ばれています。

■急々如律令
 支那を元に発生した、様々な呪法の締めに登場する呪文です。
 意味は読んで字の如く、「急々」=急いで、「如律令」=律令の如くせよ、というものです。
 漢朝の行下に書ごとに皆、「如律令」と書いたことにちなんでいます。

■天狗
 一口に天狗と言っても、時代と地域によりそのイメージにかなりの差があります。
 現代の赤ら顔に鼻が高く、羽団扇に下駄、烏の羽などというイメージは中世以降に固まったものであり、 それより前は、山の異人、神霊などの総称でした。
 天狗は最初、日本書紀に、天狗(あまきつね)として著され、これは流星のことであり、これが鎌倉時代に入ると、平家物語などに烏天狗として 著されるようになります。
 この時代から、天狗は山伏の姿となり、今昔物語、太平記などに頻繁に登場します。
 これらのイメージは修験者からとられたものであり、異常な早さで山々を駆け巡る様が天狗の飛行自在のイメージを生み、 また、様々な験力の伝説などと相まって、山伏と天狗が混同されていきました。